「もう終わったことだから」
「仕方がなかった」
「いつまでも気にしていてもしょうがない」
私たちは、つらい出来事があると、そうやって自分の気持ちに
蓋をすることがあります。
でも、本当に心は納得しているのでしょうか。
悲しいのに笑っていた。
悔しいのに「大丈夫」と言った。
寂しいのに、「こんなことで寂しいなんて言ってはいけない」と我慢した。
怒っているのに、自分が悪いのだと思い込んだ。
そんなふうに、感じることを我慢し続けていると、心の奥に
置き去りにされた感情が残っていることがあります。
そして時には、その感情が心の苦しさだけではなく、身体の不調と
重なって現れているように感じることもあります。
もちろん、身体の症状にはさまざまな原因があります。
そのため、症状がある場合は医療機関で適切な診断や治療を
受けることが大切です。
ただ、私がお話を聞く中で、
「私は、あの現実を受け入れられていなかったんですね」
と、自分でも忘れていた感情に気づく場面を何度も見てきました。
今回は、そんなTさんのお話です。
Tさんは、花粉の季節になると症状がひどくなるだけでなく、
季節に関係なく、夜、布団に入ると、くしゃみと鼻づまりが始まる。
ごみ箱は、いつもティッシュの山。
「どうして夜になると、こんなにひどくなるんだろう……」
Tさん自身も不思議に思っていました。
そこで、いつ頃からこの症状が始まったのかを聞いてみました。
すると、
「25歳の頃からです」というお返事。
それを聞いて、こんなふうに尋ねました。
「その頃、あなたにとって受け入れがたい出来事はありませんでしたか?」
すると、Tさんはある出来事を思い出されました。
25歳のTさんは、大手企業で、新しい仕事を始めたばかりでした。
これから自分の人生が始まる。
そんな希望もあったと思います。
しかし、その頃、以前から付き合っていた大切な彼が、故郷である
アメリカへ帰ることになりました。
引き止めたい。
そばにいてほしい。
でも、どんなに願っても、自分の力ではどうすることもできない。
そして二人は別れることになったのです。
その時のTさんの中には、
「どうしても変えられない現実」
に直面した時の無力感が強く残っていました。
寂しい。
悲しい。
空っぽになる。
その気持ちを紛らわすため、Tさんは買い物にのめり込んで
いったそうです。
何かを買っている間だけは、心の空虚さを忘れることができた
のかもしれません。
さらに感情をたどっていくと、Tさんの中には、母方の祖母と
つながる感情も浮かんできました。
祖母は長男夫婦と暮らしていましたが、お嫁さんとの関係がうまくいかず、
家の中にいても孤独感や疎外感を抱えていたそうです。
「ここにいても、自分の居場所がない」
「誰にも分かってもらえない」
そんな思いを抱えていたのかもしれません。
Tさんが25歳の時に感じた、
どうにもならない無力感。
そして、
ひとりぼっちになったような孤独感。
そこには、祖母の人生と重なるような感情のテーマも見えてきました。
セッションでは、Tさん自身が抱えてきた感情や、家族の中で
繰り返されてきたと感じる感情について、本人の気持ちを
確認しながら手放していくワークを行いました。
すると後日、
「寝床に入ってからのくしゃみや鼻づまりが、以前より気に
ならなくなりました」
と報告してくださいました。
あなたにも、こんなことはありませんか?
あの時は、
「仕方がなかった」と思っていた。
でも今振り返ると、本当は悲しかった。
本当は腹が立っていた。
本当は、
「行かないでほしかった」
「私を分かってほしかった」
「どうして私だけなの?」
と叫びたかった。
そんな気持ちを、あなたも心の奥にしまい込んで
いないでしょうか。
私たちは、生きていくために感情を我慢することがあります。
子どもの頃ならなおさらです。
泣いてはいけない。
怒ってはいけない。
迷惑をかけてはいけない。
いい子でいなければならない。
そうやって自分を守るために身につけた「我慢」が、
大人になってからも続いていることがあります。
もちろん、我慢することが悪いわけではありません。
我慢は、その時の自分を守るために必要だったこともあるからです。
でも、もし今、
・「平気」と思っているのに、なぜか心が苦しい
・昔の出来事を思い出すと、今でも胸がざわつく
そんなことがあるなら、
一度、自分の心に問いかけてみてください。
「私は、本当は何を我慢しているんだろう?」
「あの時、本当はどんな気持ちだったんだろう?」
「受け入れたつもりになっているけれど、まだ心に残っていることは
ないだろうか?」
身体の症状を、ただ「悪いもの」として取り除こうとするのではなく、
「私の身体は、何を伝えようとしているんだろう?」
と見てみる。
そこから、自分でも気づかなかった心の声が見えてくることがあります。
あなたの身体は、あなたを困らせるためにあるのではなく、
あなた自身を守ろうとしているのかもしれません。