最近、自分の認知が毎日のように変わっていくのを感じています。
以前はその変化を「不安定だな」と思っていたのですが、
今はそれが自然なことなんだと受け止められるようになってきました。
生活のいろいろな部分が少しずつ整ってきたこともあって、
学びに向かう気持ちが前より軽くなっている感覚があります。
例えば、
- お金の不安が少し減ったこと
→ 家計の仕組みを少し調べて、必要なところだけ見直してみた
- 子育てのリズムが安定してきたこと
→ 無理のない範囲で生活の流れを整えてみた
- 自分の時間の使い方が見えてきたこと
→ どこに時間が流れているのかを一度整理してみた
- 生活の優先順位が整理できたこと
→ 何を大事にしたいのかを少しずつ言語化してみた
こういう“生活の土台”が整ってくると、
不思議なくらい 理学療法の学びに向かう気持ちが軽くなる と感じています。
「勉強しなきゃ」ではなく、
「学びたい」に自然と変わっていく。
■ 生活が整うと、学びの“意味”が変わる
生活が整ってくると、
勉強が義務ではなく“選択”になるように思います。
- 自分がどう成長したいのか
- どんな臨床家になりたいのか
- どんな働き方をしたいのか
こういう“自分の軸”が少しずつ見えてくるから、
学びもそこに向かっていくのかもしれません。
逆に、生活が乱れていると、
どれだけ勉強しても頭に入らなかったり、
臨床でも判断がブレやすくなったりします。
だから最近は、
生活を整えることも、臨床の準備の一つなんだな
と感じるようになりました。
■ 日々の変動の中で、方向性という“軸”を持つ
毎日、気分も認知も変わります。
やりたいことも、目標も、興味の向き先も変わります。
以前はそれを「ブレている」と感じていましたが、
今はそれを “更新されているだけ” と捉えられるようになりました。
変わることを前提にしておくと、
気持ちがとても楽になります。
だからこそ、
日々の変動の中で 方向性という“軸” を持っておくことが
今の自分には合っているように感じています。
完璧な計画を立てる必要はなくて、
ただ「どっちに進みたいか」だけ決めておく。
その方向に向かって、揺れながら進んでいく。
この“揺れながら進む”という感覚が、
自分の成長を支えてくれている気がします。
■ 行動できるようになったこと自体が、ひとつの成長
こうしてブログを書いたり、
スライドを作って発信したり、
少しずつ行動できるようになってきたことは、
自分にとってはとても大きな変化だと感じています。
前の自分なら、
「まだ早いかな」とか
「もっと準備してからにしよう」とか、
そんなふうに立ち止まっていたと思います。
でも今は、
完璧じゃなくても動いてみようと思えるし、
揺れながらでも進んでみようと思える。
その“動けるようになったこと”自体が、
自分にとっては大きな成長なんだと感じています。