心が震えなくなったその日から。

心が震えなくなったその日から。

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コラム

・コンビニのコーヒーと、モノクロの景色

お気に入りのマグカップを洗うのすら面倒で、近所のコンビニで買った110円のドリップコーヒー。部屋に差し込む西日に照らされながら、ただ白く昇っていく湯気を眺めていた。

かつての私は、我ながら「感受性の塊」のような人間だった。 映画のクライマックスでは決まって涙を流し、大好きなバンドの新曲を聴けば、イヤホン越しにゾクゾクと鳥肌が立つ。

夕焼けが綺麗ならそれだけで明日も頑張ろうと思えたし、誰かの悲しいニュースを見れば、自分のことのように胸を痛めていた。心はいつも、良くも悪くもせわしなく震えていたのだ。

それが、ある日突然、ピタリと止まった。

世界から色が消えたわけではない。空は相変わらず青いし、コンビニの店員さんの声もいつも通り。ただ、それらの日常を受け止める私の心に、分厚いガラスの膜が張ってしまったような感覚。

コーヒーを口に含んでも、「温かいな」とは思うけれど、美味しいともマズいとも思わない。悲しいわけでも、苦しいわけでもない。ただひたすらに、フラットな「無」がそこにあるだけだった。

「感情が動かない」というのは、思っている以上に心細い。 「私、冷酷なロボットになっちゃったのかな」と焦り、無理に泣ける本を読んでみたり、アップテンポな曲を聴いてみたりもした。

けれど、頭で無理やり起こそうとする波はどこか嘘っぽくて、余計に虚しさが募るだけだった。

システムが強制終了したような、心の凪(なぎ)。それが、私の新しい日常の始まりだった。

・キラキラした言葉の眩しさに、そっと目を閉じる

そんな時期にSNSやブログを開くと、世の中にあふれる言葉たちの眩しさに目眩(めまい)がしそうになる。

「この出会いに魂が震えた!」 「人生を激変させる、最高の感動」

タイムラインに並ぶのは、エネルギー120%の熱い言葉ばかりだ。世の中で「良い表現」とされるものの多くは、心が激しく動いた瞬間をドラマチックに切り取ったもの。だからこそ、手元に「何も感じない」という空っぽな状態しか持たない私は、すっかり気後れしてしまった。

「こんな温度のない人間が、何かを書いてもいいのだろうか」 「もっと心が回復して、立派な感動を語れるようになるまで、何も発信しちゃいけないんじゃないか」

ノートを開いては、一文字も書けずに閉じる日々。 けれどある日、ベランダに出て、ただお日様の光を浴びながら深呼吸をしていたとき、ふと思ったのだ。

世の中の全員が、年中無休でパッションに溢れているわけじゃない。むしろ、頑張りすぎて心のブレーカーが落ちてしまい、暗闇の中で静かに息を潜めている人の方が、今のこの世界にはたくさんいるんじゃないか、と。

・「ぬるま湯」の言葉が、誰かの白湯になる

心が激しく揺れているとき、私たちの視界は自分の感情のライトでいっぱいになる。 「嬉しい!」「悔しい!」という強い光は、自分を輝かせるけれど、周囲の暗闇にいる誰かの姿を見えにくくさせてしまうこともある。

Subtly、心の震えが止まり、スポットライトが消えた今の私はどうだろう。

私の心には、今、強い主張がない。だからこそ、驚くほどフラットに、周りの「小さな音」に耳を澄ませることができるようになっていた。

誰かが吐き出した、行き場のないため息。 「大丈夫」という笑顔の裏にある、ほんの少しの強がり。

かつて感情の波に溺れていた頃なら、見過ごしてしまっていたかもしれない他者の微かなサインが、今の静かな心には、歪みのない鏡のようにそのまま映る。

「元気を出して!」と相手を引っ張り上げるパワーは、今の私にはない。でも、暗闇でうずくまっている人の隣に、何も言わずにただ座っていることならできる。強い言葉が凶器になってしまうほど疲れた人にとって、本当に必要なのは、劇薬のような感動ではなく、ただそこにある「不完全さをそのまま許してくれる静けさ」だ。

熱いお茶は飲めなくても、体温に近い白湯なら、渇いた身体にそっと染み渡っていく。 心が震えなくなったからこそ、私は誰かの痛みの輪郭に、優しく触れる言葉を紡げるようになったのかもしれない。

・凪(なぎ)の夜、キーボードを叩く

もしあなたが今、モノクロの世界の中で「何も感じられない自分」を責めているなら、どうか安心してほしい。あなたは冷たい人間になったわけでも、表現する資格を失ったわけでもない。 ただ、あなたの心が「今はちょっと、お休みをください」と、一生懸命あなた自身を守ってくれている証拠なのだから。

そんな時は、大きな感動を探すのをやめて、もっとちいさな手触りに目を向けてみる。

プランターの土に触れたときの、ひんやりとした確かさ。 お日様を浴びたときの、皮膚のじんわりとした温かさ。 深く息を吸い込んだときの、胸が膨らむ感覚。

身体が確かに世界と繋がっている感覚を、ただ淡々と味わっていく。その静かな積み重ねの先に、いつかまた、心がそっと震える季節が自然とやってくる。

私の心は、今日も凪いだままだ。大きな波が立つ気配は、まだない。 それでも私は、この静かな場所から、トントンとキーボードを叩き続ける。

心が震えなくなったその日は、終わりの日じゃない。 誰かの痛みに、一番優しく寄り添えるようになるための、新しい物語の始まりなのだ。
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