「わかろう」と「理解したい」の違い。

「わかろう」と「理解したい」の違い。

記事
学び
日常の中で、

「腑に落ちた」と思っていたことなのに、

気づけばまた忘れて、同じところをぐるぐるしていることがある。


その一つが、

私の中にある「わかろう」とする感覚だった。


「なんでこの人はこんな言い方をしたんだろう?」

「疲れていたのかな?」


そうやって相手の中へ入っていく。


そして、さらに

「わかってあげたい」

という気持ちが湧いてくる。


相手に気分よくいてほしい。

事情があるのかもしれない。

悪者にはしたくない。


そんな思いから、

無意識に

「じゃあ、私が合わせよう」

となってしまう。


その時は、自分の違和感を後回しにしていることが多い。

だから、あとからモヤモヤする。


これは、長年、生きていくために身につけた癖。

この感覚があったからこそ学べたことも、成長できたこともたくさんある。

だから私は、この癖を悪者にはしていない。


ただ、ぐるぐるするときは、だいたいこのパターンだった。



最近は、少しずつ立ち止まって自分の感覚を感じられるようになってきた。


すると、

「わかってあげたい」

から

「理解したい」

へと変わってきた気がする。


それは、相手だけではなく、

出来事全体を眺めるような感覚。


「この人はこういうタイプなんだな。」

「私はこの対応に違和感を感じた。」

「私はこっちのほうが心地いい。」


相手も、自分も、

どちらも含めて状況を理解する。


そして、

「私はどうしたい?」

と、自分で選べる。


いつも自分を真ん中に置いたまま。


その違いが少しずつ体感でわかるようになって、

自然と心地よく過ごせる日が増えた。


……とはいえ、

また気づけば忘れて、

ぐるぐるしている日も来るのかもしれない。笑


でも、そのたびに思い出せばいい。


そんな私が、

今、一番理解したいと思っているのは、

きっと「自分」なんだと思う。




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答えを出すというより、
一緒に「ほんとの気持ち」を見つけていく時間が好きです。







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