心が震えなくなったその日から。
・コンビニのコーヒーと、モノクロの景色お気に入りのマグカップを洗うのすら面倒で、近所のコンビニで買った110円のドリップコーヒー。部屋に差し込む西日に照らされながら、ただ白く昇っていく湯気を眺めていた。かつての私は、我ながら「感受性の塊」のような人間だった。 映画のクライマックスでは決まって涙を流し、大好きなバンドの新曲を聴けば、イヤホン越しにゾクゾクと鳥肌が立つ。夕焼けが綺麗ならそれだけで明日も頑張ろうと思えたし、誰かの悲しいニュースを見れば、自分のことのように胸を痛めていた。心はいつも、良くも悪くもせわしなく震えていたのだ。それが、ある日突然、ピタリと止まった。世界から色が消えたわけではない。空は相変わらず青いし、コンビニの店員さんの声もいつも通り。ただ、それらの日常を受け止める私の心に、分厚いガラスの膜が張ってしまったような感覚。コーヒーを口に含んでも、「温かいな」とは思うけれど、美味しいともマズいとも思わない。悲しいわけでも、苦しいわけでもない。ただひたすらに、フラットな「無」がそこにあるだけだった。「感情が動かない」というのは、思っている以上に心細い。 「私、冷酷なロボットになっちゃったのかな」と焦り、無理に泣ける本を読んでみたり、アップテンポな曲を聴いてみたりもした。けれど、頭で無理やり起こそうとする波はどこか嘘っぽくて、余計に虚しさが募るだけだった。システムが強制終了したような、心の凪(なぎ)。それが、私の新しい日常の始まりだった。・キラキラした言葉の眩しさに、そっと目を閉じるそんな時期にSNSやブログを開くと、世の中にあふれる言葉たちの眩しさに目眩(めまい)がし
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