ずっと誰かのために生きてきた、あなたへ

記事
コラム
朝、目が覚めたとき
一番最初に考えることは、自分のことですか?

たぶん、違いますよね。

夫のこと、子どものこと、親のこと。
職場のこと、家のこと、今日の夕飯のこと。

もしかしたら支払いのことかもしれない。
病気のことかもしれない。

気づいたら一日が終わっていて、
「今日、自分のために何かしたっけ」と
思う間もなく眠りにつく。

そんな日が、何年も続いてきた方に
この記事を書いています。

「よく頑張ったね」と
言ってもらったことが、ありますか?

家族のために、身を粉にして働いてきた。
誰かが辛いときは、自分のことを後回しにした。
「お母さんはいつも元気」と思われてきた。

でも、本当はずっと——
誰かに気づいてほしかった。
褒めてほしかった。

「あなたがいてくれて、よかった」
「本当に、よく頑張ってきたね」
その一言を、
どれだけ待っていたか。

私自身も、そういう時期がありました。

毎晩、家の空気が張り詰めていた。
何もされていないのに、怖かった。

ただそこにいるだけで、
息をひそめて生きていた時間が、
何年もありました。

身体の限界は、心の限界であり、
結局いのちの限界でもあったのです。

「見ていてほしい」じゃなくて、ただ、
「そばにいるよ」と、優しく抱きしめてほしかった。
「一緒にいるから」と、同じ方向を生きていきたいだけだった。

でも、その瞬間は一度も来なかった。

水を与えられない花は、
いつまで美しい姿でいるのでしょうか。

釣った魚にエサをやらず、
水も取り換えなければ、
どれくらいで死んでしまうでしょうか。

だから、言葉を仕事にしようと思いました。

あの頃の私がほしかった言葉を、
誰かに渡したい。

どんな日々を生きてきたか。
何が辛かったか。何を我慢してきたか。
どんな瞬間に、泣きたくなったか。

教科書から選んだ言葉じゃない。
「私(あなた)」という個人の人生から生まれた言葉。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

こんなことを考えながら、
言葉の仕事をしている人間がいる——

それだけ、知ってもらえたら嬉しいです。
また、読みに来てください。

                        初穂
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら