100億の看板を背負った21歳の誠が最初に直面したのは、市場の冷遇だけではなかった。本当の敵は、会社の「内側」にいた。
1. 七人の侍ならぬ「七人の軍閥」
父・津田源蔵が急逝した後の「株式会社 創生メタル」の役員会は、さながら戦国時代の評定衆だった。席に座るのは、父と共にこの修羅場をくぐり抜けてきた、海千山千の猛者たちだ。
・営業担当専務(大企業担当): 父の遠い親戚。大手ゼネコンへの太いパイプを持つ「大名」。
・営業担当常務(小企業・個人事業主担当): 親戚。街の工務店を束ねる「地元の顔役」。
・営業担当役員(大企業担当): 実力主義で伸し上がってきた野心家。
・営業担当役員(小企業・個人事業主担当): 泥臭い営業で現場を掌握する。
・管理部門担当常務: 営業役員に常に弱腰な、形ばかりの事務方トップ。
・子会社営業担当役員(親戚): 仕入れを一手に引き受け、自らの利益を最優先する。
・子会社管理部門役員: 大企業出身のプライドが高い、冷徹な事務屋。
一見、バランスが取れているように見える。しかし、その実態は「親分・子分」の絆で結ばれた七つの独立した軍閥だった。
2. 「活力を偽装した」内戦と、漏れ聞こえる腐敗
「あの客は俺の客だ。勝手な真似はさせるな」役員会は常に怒号が飛び交う険悪な場だった。営業担当の役員5人はそれぞれが派閥を作り、部下たちと密接な関係を築いている。彼らにとって顧客は「会社の客」ではなく「個人の客」であり、それぞれの領地(シマ)を奪い合う敵対勢力だった。
だが、それ以上に醜悪だったのは、彼らの「私生活」だった。
代替わりして間もなく、業界の知人たちから、誠にわざとらしく「善意の忠告」が届くようになった。
「誠くん、お宅の専務、あんな高級住宅街に家を建てたらしいじゃないか。サラリーマンの給与であんな生活、普通は無理だぞ」
「常務が毎晩銀座で豪遊しているって噂だ。会社の経費か、それとも……裏で何か動かしているのか?」
彼らの驕奢(きょうしゃ)な暮らしぶりは、業界では有名な話だった。父の死という重石が外れたことで、彼らの公私混同は、もはや隠そうともしないレベルまで肥大化していた。
こうした忠告を聞くたび、誠の心は削り取られた。相手に悪意はなかったのかもしれない。だが、誠にはそれが「お前は、自分の部下の不正一つ止められない、無能な飾り物だ」と宣告されているようにしか聞こえなかった。
リーダーシップの欠片もない自分を、白日の下にさらされるような屈辱。誠は、笑顔で「近い将来何とかします」と答えるのが精一杯だった。
3. 「坊ちゃん、お遊びはそこまでにしな」
そんな中、誠は一人、空回りしていた。社長室に座り、理想の経営を語ろうと社員に話しかけても、返ってくるのは冷ややかな沈黙だけだった。
「社長。話があるなら、まずは専務(親分)を通してもらえませんか」
社員たちは誠を見ていない。彼らの視線は常に、自分たちを食わせてくれる、そして「甘い蜜」を分けてくれる親分に向いている。21歳の、何の功績もない、ただ源蔵の血を引いているだけの若造。彼らにとって、誠は社長ではなく、自分たちの既得権益を脅かすかもしれない「不快な邪魔者」に過ぎなかった。
ある日、誠は意を決して役員会で、不明瞭な経費と二重発注の是正を訴えた。だが、返ってきたのは、言葉の暴力による袋叩きだった。「誠。現場の苦労も知らないお前が、勝手な理屈を振り回すな。商売の邪魔をして何が社長だ」嘲笑を含んだ役員の言葉に、他の役員たちが同調するように鼻で笑う。管理部門の役員は、誠と目を合わせることなく下を向いていた。
誠は、100億という数字の頂点に立っているつもりだった。だが実際は、底なしの泥沼の中に、一人きりで立たされていたのだ。
次回予告(来週水曜日):「第3回:砂上の楼閣 ――100億の虚飾」組織の腐敗に苦しむ私に、さらに追い打ちをかける事実が発覚する。決算書に隠された欺瞞、過大な借り入れ。華やかな「年商100億」の裏側に隠されていた、会社の本当の財務状況とは。