「父は、僕に何もしてくれなかった」
僕は長い間、そう思っていました。
父とは長い間、音信不通です。
子どもの頃、父は僕にあまり関心を示さず、一緒に遊んだ記憶もほとんどありません。
でも、そんな父が僕に貸してくれたものが一つありました。
一台のラジオです。 父が貸してくれた一台のラジオ
当時の僕は、からかわれたりすることもあり、友達もあまり多くありませんでした。
そんな僕にとって、ラジオから流れてくる洋楽は、大きな心の支えになりました。
毎日のようにラジオ番組をチェックして、チャートの記録を取り、好きな曲をカセットテープに録音する。
そして家に誰もいないときには、大声で歌っていました。
それからずっと、「いつか自分で曲を作って、歌ってみたい」
という想いが、僕の中にありました。
そして何十年も経った昨年、ついに自分で曲を作り、歌いました。
誰かのためではなく、まずは自分のために。
振り返ってみると、その始まりには、父が貸してくれた一台のラジオがありました。
父への見方を変えたディマティーニ・メソッド
僕がここまで来る背景には、いろいろなことがありました。
その中でも、とても大きかったのが、ディマティーニ・メソッドとの出会いです。
ディマティーニ・メソッドは、映画『ザ・シークレット』にも出演したDr.ジョン・ディマティーニが考案したメソッドです。
僕たちは、目の前で起きた出来事を「良いこと」「悪いこと」とジャッジします。
すると、本来はプラスとマイナスの両方の側面を持っている出来事を、どちらか一方から見るようになり、感情が大きく揺れ動きます。
僕自身、そうやって心の中がいろいろな「雑音」でいっぱいになっていました。
ディマティーニ・メソッドでは、プラスだと思っている出来事の中にあるマイナスの側面、逆にマイナスだと思っている出来事の中にあるプラスの側面を、いくつもの問いに答えながら一つずつ見ていきます。
これは、嫌な出来事を無理やり「良かったこと」に変える、いわゆるポジティブ思考とは少し違います。
今まで自分には見えていなかったもう一方の側面を、自分自身で見つけていく。
そうすることで、それまでプラスとマイナスに分かれて見えていたものが、少しずつ一つの出来事として捉えられるようになっていきます。
ディマティーニ・メソッドでは、これを**「統合」**と捉えます。
すると感情の揺れが少しずつ静まり、物事をそれまでより高い視点から見られるようになる。
そして、それまで見えていなかったことに目を向けられるようになり、その先に愛や感謝を感じることがあります。
「僕は、愛されてたじゃないか」
僕自身もディマティーニ・メソッドを学び、セルフワークを続け、現在はファシリテーターとして活動しています。
その学びの中で、今でも忘れられない経験があります。
ディマティーニ・メソッドの**「時空を超えた共時性の法則」**のワークに取り組んだとき、涙が止まらなくなりました。
僕の中には、幼い頃から、
「僕は、親から愛されていなかったのではないか」
という想いがありました。
そして、その想いは大人になってからも、人とのコミュニケーションに影響していたように思います。
ところがワークをしていると、大学生の頃、アルバイト先でとてもお世話になった、おじさんとおばさんのことが浮かんできました。
僕のことを気にかけてくれたこと。
声をかけてくれたこと。
大切にしてくれたこと。
そのとき、僕の中から出てきた言葉がありました。
「僕は……愛されてたじゃないか」
涙が止まりませんでした。
すると、「あの人にも」「あの人にも」と、僕を大切にしてくれた人たちが、次々と浮かんできました。
愛されていなかったんじゃない。
僕が、それを見えていなかっただけなのかもしれない。
そう思いました。
そして、それは両親についても同じだったのではないかと思うようになりました。僕が望んだ形ではなかった。
でも、だからといって、何も受け取っていなかったわけではなかったのかもしれない。
そこで、あのラジオのことが、以前とは違って見えてきたのです。
父は「何もしてくれなかった」のか
あのラジオは、父からもらった数少ない贈り物でした。
でも、その一台のラジオから僕は洋楽を知りました。
音楽を聴き、録音し、歌いました。
そして何十年も経った今、僕は自分で曲を作って歌っています。
そう考えたとき、「あのラジオは、本当に宝物だったんだ」
と思いました。
僕はずっと、父をマイナスの側から見ていました。
でも、ディマティーニ・メソッドを通して、自分が見ていなかった側面にも少しずつ気づくようになりました。
もちろん、これは、
「父がしたことは、全部よかった」
「過去のことは全部許しましょう」
という話ではありません。
今でも、
「あのときの父の振る舞いは、やっぱりないよな」
「もっとこうしてほしかったな」
と思うことはあります。
父がしてくれなかったことが、してくれたことに変わったわけではありません。
してくれなかったこともあった。
そして、してくれたこともあった。
その両方を見ることができるようになった。
過去そのものは何も変わっていないのに、僕の中で父との関係が少しずつ変わっていったのです。
自分では見えていなかったもの
「父は何もしてくれなかった」
僕は長い間、そう思っていました。
でも今は、少し違います。
父がしてくれなかったことも、たくさんありました。
でも、してくれたこともあった。
あの一台のラジオが、僕に音楽の世界を教えてくれました。
そして何十年も経った今、僕は自分で曲を作って歌っています。
そう考えると、父からもらったものは、僕が思っていたよりずっと大きかったのかもしれません。
僕自身、ディマティーニ・メソッドに出会って、それまで自分には見えていなかったものに、少しずつ気づくようになりました。
そして今は、ファシリテーターとして、対話をしながら、その方が**「自分では見えていなかったもの」**を一緒に探していくセッションをしています。
「頭では分かっているけれど、気持ちがついてこない」
「過去の出来事が、ずっと心に引っかかっている」
「どうしても許せない人がいる」
「本当は自分がどうしたいのか、分からなくなっている」
そんなとき、一人で考えているだけでは、なかなか見つけられないものがあります。
誰かと対話しながら、一つひとつ自分の内側を見ていくことで、
「ああ、こんなものがあったんだ」
と、それまで見えていなかったものに気づくことがあります。
僕にとっての、あの一台のラジオのように。
もしかすると今、「これしかない」と思っている景色の中にも、まだ見えていないものがあるのかもしれません。