「働く」って、少し分かってきた気がする

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ビジネス・マーケティング


私は仕事で挫折したことがあります。だから、今、作業所に通って〈働く〉ことを見つめなおしています。なのですが、たまに〈働く〉ことを見失うことがあります。……というよりは〈働く〉行為の意外な面を見る、というのが正解かな。
 今まで、私は〈働く〉ことが難しいと思っていました。とても苦しくて、だけど、その中でもこなせることをやるのが仕事だと思っていました。そんな古い知識と照らし合わせると、今の仕事は〈働く〉には入りません。だって、毎日楽しいんですもの。
 私の中で、楽しいことはお遊戯に過ぎないって思い込みがあるんです。だから、今、こうやって文章を書いていることも、お仕事として画像加工や動画編集を頼まれることも、全部、お遊びじゃないかって思ってしまうことがあります。
 でも、実際にはお金が発生しています。楽しいのに、です。
 つまり、楽しくても仕事になることはあるんです。その楽しい作業に需要が伴えば、何だって仕事になりえるんです。そこを私は最近、痛感するようになりました。
 今まで、趣味で小説を書いているときも需要なんて考えてきませんでした。楽しいことを書いて喜んでもらえればいいな、くらいの気持ちで書いてきたから「結局、お遊びに過ぎないんだけどね」って気持ちがどこかにありました。
 だけど、需要さえ理解できれば楽しいことが仕事になるんです。それはおしゃべりのような日常的な行為でもあり得ることなんです。カウンセリングだって、いい方は悪いですけどおしゃべりの延長線上にあります。自分の日常的な楽しみを延長したところに仕事があるかもしれないんです。
 よく「それは金になるのか?」みたいなセリフが話題になることがありますが、それは言い換えれば「需要があるのか」なんです。まぁ、ここまでの言いかえなら簡単に出てくるかもしれませんが、それをもっと分かりやすくすることに私は困っていました。需要なんて言われても分からないですからね。自分の中で良いと思うものに需要があるわけでもないんです。それこそ売れない作家が最高だと信じて作品を書いているのと同じです。
 ただ、私は知ってしまいました。需要は「作る」ものなんです。売り方さえあれば何でも売れるんです。それこそ、ありきたりな靴を「著名人の靴」として売れば売れてしまうように……。
 金になるか、という問いは絶対的な価値を尋ねていたわけではないようです。そうじゃなくて、魅力的に感じるような売り方があるようなものを作っているかを尋ねていたのでしょう。
 売り方さえ考えれば働くことは簡単なんです。それが、最近、感じた〈働く〉の一面でした。

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