これは、私がReself™という場所にたどり着くまでの話です。
シングルマザーになった当初、末っ子は年長、真ん中は小学校に上がったばかりで、一番上の子も4年生ながら軽度の発達障害があり、まだまだ目も手も離せない時期でした。
生活費を稼ぎながら 父親役も母親役もこなす毎日、心も身体も経済的にも限界寸前で まさに綱渡りの日々でした。
全てを背負っているという重圧に押しつぶされそうになりながら 歯を食いしばり踏ん張って耐える生活。
目の前のタスクと時間を、ただただ後ろへ放り投げるような感覚で過ごしていました。
結婚生活を続けて 私が無理して笑って過ごすより、心からの笑顔で過ごす方が子供たちにとっても幸せだろうと思って離婚を決めたはずなのに。
私の心に余裕なんてものはなく、あるのは子供たちへの「ごめんね」と不安ばかりで、辛うじて日々を繋いでいました。
シンママとしての暮らしが始まってから、私はまず家計の見通しを立てるべく 毎日家計簿と格闘しました。
どうしても当時の収入だけではやって行けなかったので 一時期はトリプルワークの時代もありました。
なんとかギリギリ生活していける状態にはなったものの、相変わらず心も身体も切羽詰まった状態でした。
「このままではいけない、私が心からの笑顔で過ごせなきゃ離婚した意味がない」
なんとかして、笑顔を取り戻さなくちゃ──
そんな思いで、本やネットで情報を探し始めました。
ざっと挙げるだけでも、
育児本、自己啓発、心理学、脳科学、スピリチュアル、占星術、アドラー、引き寄せの法則、斎藤一人さん、ホ・オポノポノ、小林正観さん…
気になったものは手当り次第に試してみました。
時に落胆し、時に救われ。
それでも 劇的な効果を求めて更に探し続けていました。
気がつけば、ノートもPCも心に残った言葉で埋め尽くされていました。
こうして数えきれないほどの知識や言葉に触れていくうちに、ふと あることに気づいたのです。
「みんな同じこと言ってるんじゃん!」
それぞれ言い回しやアプローチは違うけれど、どれも根っこの部分では同じことを伝えている、と感じたのです。
「現実は自分の内側の反映」
どんなジャンルであれ、結局みんな“自分の内側を観る”ことの大切さを語っていました。
そのことに気づいた時、私はようやく探すのをやめて「内側を観ていこう」と思えたのでした。
「内側を観ていこう」とは思ったものの、正直 初めは「怖い」が先にありました。
もし本当に「現実は自分の内側の反映」だとしたら、この混乱した現実をつくり出しているのは──私自身?
私の内側には、いったいどれほどの闇があるというの?
当時の私はまだ“他責”という鎧を着ていました。
“自分のせいじゃない”という思いで、かろうじて私を守ろうとしていました。
だけどそれは同時に、私から自由を奪っていたんだと 今なら分かります。
「じゃあ、しっかり自分を観てみよう」
そう決心がつくまでには、少し時間がかかりました。
でも、少しずつ──
子供が寝たのを見計らって寝る前にノートを開いて、その日思ったことをただ書き出す。そして自分の感情と向き合い 深掘りしてみる。
そんなわずかな時間の積み重ねが、私に「内側を観る」勇気を育ててくれました。
自分の思考や感情の癖に気づいた時、それを「直さなきゃ」と責めるんじゃなくて、「そうだったんだね」と認めること。
それだけで、心ってふっと緩むことがあるんだと知りました。
知識をいくら詰め込んでも変われなかった私が、ようやく「変化」を感じられるようになったのは、この“観る習慣”が育ち始めてからだった気がします。
それが、Reself™の最初の「芽」でした。
実は思い返してみると、私が“内側に目を向ける”ということを最初に始めたのは、もっとずっと前──中学生の頃でした。
鍵付きの分厚いハードカバーのノートを買ったのが嬉しくて「日記でも書いてみよう」と思ったのが始まりでした。
日記と言ってもその日の出来事を書くというよりは、むしゃくしゃした気持ち、誰にも言えない思いを書いていました。
ノートにぶつけるように書いているうちに、なんだか少しスッキリするような気がして、自然と続いていました。
当時の私は、ちょっとした本音をポロッと口にしたことで仲間外れにされた経験があり、「安易に本音は話さない」と、人知れず決めていました。
だからこそ、ノートにだけは本音を書きまくっていました。鍵付きだったので人目を気にせずぶちまけていました。
「こう言われたの、正直傷ついたな」
「あのとき、ああしてたらどうなってただろう」
「この人、こういうとこあるよな…」
思ったことをただそのまま書き続けているうちに、ふと 気づく瞬間もありました。
「私、本当はこんなふうに思ってたんだ」
「本当は、こう言ってもらいたかったんだ」
書いて初めて“自分の本音”に気づくことを何度も経験していたのです。
そして思春期でもあったので、両親への不満もたくさん書きました。
でも、不思議なことに──書き終わる頃には、
「不満はあるけど、やっぱりありがとうだわ」
そんな風に、気持ちが勝手に整っている自分がいたのです。
中学生の頃、誰にも見せなかった一冊の鍵付きノートの中で始まった小さな気づきが 今、Reself™という花を咲かせようとしています。
あの頃 見えない何かと戦っていた私を救ってくれたこの種が、今どこかで戦っている誰かの力になると信じて。
──誰かの心に届きますように。