「先生は『様子を見ましょう』としか言わない。でも、親はどこまで我慢すればいいんですか?」
精神疾患のある子どもと暮らす親御さんから、実際にうかがった言葉です。
様子を見ているのは、家族です
本人には主治医がいて、訪問看護や福祉の支援が入っていることもあります。それでも、毎日の生活を一緒にしている家族には、「私たちは、このままいつまで待てばいいんだろう」という思いがよぎります。
「様子を見ましょう」は、医療の立場では必要な判断なのだと思います。でも、その様子を毎日家で見ているのは家族です。
朝起きれば、子どもがいる。出かけて帰ってきても、家には子どもがいる。
まったく外出できないわけではありません。
友人と会うこともできるし、買い物にも行ける。それでも、「家に帰ると、また子どもがいると思うと気が滅入る」と話される親御さんがいます。
本当は、自分も友人と出かけたい。楽しみを見つけたい。自分の生活をしたい。でも、いざ距離を取ろうとすると、「よそで迷惑をかけたらどうしよう」「何かあったらどうしよう」という不安が出てきます。
だから「家族も自分の時間を大切にしましょう」と言われても、簡単には踏み切れません。
こういうとき、「もっと自分の時間を作ってください」の一言で終わらせたくないと思っています。
なぜ離れられないのか。何が一番心配なのか。家族がこれまで何を引き受けてきたのか。そこを一緒に見ていきます。
親も、歳をとっていく
親も歳をとります。子どもが30歳になれば、親も歳を重ねている。40歳、50歳になれば、親はさらに歳をとります。いつまでも今と同じように支えられるわけではありません。
だから、「家族だから、いつまでも養わなければならない」という考えは、少しずつ変えていけたら、とお話しすることがあります。
これは「もう面倒を見なくていい」という意味ではありません。親が子どもを大切に思うことと、親が子どもの生活すべてを背負い続けることは、同じではないと思うからです。
本人のこれからを考えることは大切です。でも同じように、親自身のこれからも大切です。
これまで子どものことを優先してきた親御さんほど、「自分はこれからどう暮らしたいですか?」と聞かれても、すぐには答えられないことがあります。
それでいいと思います。いきなり大きく生活を変える必要はありません。できることから始めます。
家族が今やっていることの中に、本人や支援者に任せられることはないか。親がいなくても本人ができることはないか。親が不安に思っていることは、本当に家族だけで備えなければならないことなのか。一つずつ見ていきます。
やってみても、不安になって元に戻ることもあります。「やっぱり私がやった方がいい」と思うこともあります。長い間続けてきた家族の関わり方は、簡単には変わりません。
だからこそ、「自分の人生も大切にしてください」という一言だけでは足りない。
どうしたら少しずつそうできるのか、そこまで一緒に迷いながら考えていきます。
家族を支えるのは、誰ですか
精神疾患のある方には、本人を支える人がいます。主治医、看護師、訪問看護師、福祉の支援者。
では、その家族を支えるのは、誰なのでしょうか。
「親なんだから仕方ない」「家族なんだから支えなければ」。そう思いながら何年も過ごしてきた方から、「私たちは、どこまで我慢すればいいんですか?」という言葉が出てくることがあります。
その言葉が出るまでに、どれだけ我慢してきたのだろうと思います。
子どものこれからだけではなく、親自身のこれからも考えていい。家族と話すときにも、そのことを忘れないようにしています。
「本人をどうしたらいいですか?」という相談から始まっても、話していくうちに、「本当は自分がもう疲れている」「いつまでこの生活が続くのか不安」「自分の老後も心配」という気持ちが出てくる方がいます。
私は、そういう親御さんのための相談をお受けしています。
本人のことだけを話す場ではありません。
親御さん自身が、これからどう暮らしていきたいか。そこを真ん中に置いて考える時間です。
本人への接し方とあわせて、今、家族が何を背負っているのか、これからも背負う必要があるのか、少しずつ変えられることはないか。3日間かけて、やりとりを重ねながら、一つずつ整理していきます。
「自分のことを相談してもいいのかな」。その段階からで、大丈夫です。まずは、そのまま話してください。