男でもあり、女でもあり、どちらでもない私

男でもあり、女でもあり、どちらでもない私

記事
コラム
「私たちは男でもあり女でもあるまた男でもなく女でもない」
⁡by.バシャール

私たちは男性性と女性性の両方を内側に持っている。

⁡でも本質の自分はそのどちらにも縛られない存在の私。

外側の世界を広げていく力。
新しい場所に行く、知らない人に会い、
ちょっと背伸びした環境に身を置く。

それは“男性性”のエネルギー。

でも同時に、どんな場所にいても
「私はこれでいい」って自分を満たせること。

それは“女性性”のエネルギー。


⁡外側の世界で自分を広げながら、
内側ではずっと自分を抱きしめている。

⁡そのバランスの中で、私は私を見つけていく。

そして、男性性でも女性性でもなく、
そのどちらも超えたところにある
ただの“私”という存在にたどり着く。


誰もに知れた美しいラベル。
洗練されたフォルム。
きゅっとくびれたライン。

それだけで、魅了される
まるで“理想の体型”のモデルみたいに。

⁡でも本当の価値は、その内側にある。

⁡どんな感覚で日々を過ごしているか。
どんなふうに食べているか。
どんなふうに自分を扱っているか。

外見は入り口で、本質は生き方。

⁡ラベルは、自分の一部。

これまで生きてきた証でもあり

社会の中での自分の役割。

それを認められることも喜ばしい。

⁡だけど同時に、
そのラベルを全部外したときの自分も、
ちゃんと認めてほしい。

⁡何者でもない〝私〟

飾りも肩書きもない〝私〟

⁡丸裸になったときの、ココロもカラダも

⁡そのままの私を、
ワタシがいちばん受け入れてあげる。

痩せることで自信を得ようとしていた頃、
私はラベルばかり整えようとしてた。
誰もが認めるような美しいラベルが欲しかった。

でも本当に欲しかったのは、

「どんな私でもいい」って
自分に言ってあげられることだった。


外側で満たそうとする男性性と、
内側から満ちていく女性性。

⁡そのどちらをも抱きしめたとき、

何にも定義されないもっと自由な
“私”として生きられる。

⁡単なるラベルで選ばれる〝私〟じゃなくて、
辛味も酸味も含めて味わわれる〝私〟に。
本来、食べることが大好きなのに、いろんな知識を
入れてあれはダメ、これは太る、カラダに悪い、
そうやって考えれば考えるほどに体重はなぜか増えて

「こんな自分はダメだ」
「痩せたいけど食べたい」
「こんなに頑張って我慢してるのに」

そんなふうに何度も自分を責めては反動が起きてまた自分を責める。
鏡に映る自分も見たくない、自撮りなんてできるわけない。
自分のココロもカラダも好きになりたいのに
どうしても受け入れられない。

大嫌いだった自分の容姿は周りからの評価を得ようとする自分だった。

自分のココロもカラダも自分自身が抱しめてあげたら
食べる幸せも愛される喜びも満開になった。

食べることを責める時間から、自分を理解する時間へ。

もう自分の容姿を嫌いのまま生きるのを辞めたい人へ♡




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