“好き”とか“愛”って何ですか?

“好き”とか“愛”って何ですか?

記事
コラム
「文章力、言語化が素晴らしいIROKAさんにお聞きしたいのですが・・・
好きとか愛って何ですか?相手の喜ぶことをしてあげたら、
どうしても見返りが欲しくなってしまうんです」

こんな質問をいただいた。
最近、言語化を褒めてもらえることが多くて純粋に嬉しい♡

数年前まで自分の想いや湧いてくること、
学びのアウトプットを言葉にしたくても
上手くできないというか、真っ直ぐ
表出できないことに悩んでいたから。

⁡それって、どう思われるか
正しいか間違ってるかとか
賢く見られたいとか
嫌われたくない、評価されたい…

⁡そういうのが自分の中ですごく大きな
ブロックになってたからなんだよね。

⁡だから、「どう見られるか」「どう言えば正解か」
を常に意識していた。

これはまさに、
“外側で自分の価値を確認する状態”で
拗れた男性性だった。

でも女性性が開いた今は
私はどう感じるか、私は何が心地いいか、
私はどうしたいか…

⁡そういう感覚に還ってきたら
「これを言ったらどう思われる?」より
「私はこれを表現したい!!」になった。

⁡そして自分に対しても人に対しても許容範囲が
広がったし、人がどうでも私はこう思うとか、
恥ずかしいとかがなくなって、
自分の内側をまんま開け広げられるようになったみたいな感じ。

“評価されるための言葉”じゃなくて
自分の内側と外側が一致する快感。
だから、言語化できるって気持ちいいの♡

⁡これはね、発信だけじゃなくて、実は
恋愛やパートナーシップも同じなんだよね。

⁡「相手から好かれたい」
「みんなに良く思われたい」
「頑張った見返りや評価がほしい」

うん、わかる、人間だもの。
それはすごく自然で健気な欲求だよね。
誰しも承認欲求はあるし、
自分の価値を感じたいし、その喜びもある。

⁡でも、それを得られない苦しさが出るのは
“相手に合わせた自分じゃないと愛されない”
“頑張って与えたから愛される“
と無意識に思ってしまっていること。

「好き」「愛」恋愛家族みたいなもんかなぁって。

恋愛はドーパミン的。
「欲しい!」「もっと!」「失いたくない!」
その分、感情的でドキドキもするし、
トキメキも大きい。

愛はセロトニン的。

「相手が幸せなら嬉しい、自分も幸せ」
「いてくれるだけで安心する、見守ってたい」
自分が直接影響してなくても、どうであれ
幸せを願う、子どもを見守る母みたいな感じ。

私も以前は見返りが欲しかったし、
自分を犠牲にしても頑張る、与える、を家族にも
していたけれど、今は本当に相手に執着がない。

⁡そして相手よりも自分を大事にできるように
なったからこそ、自分が満たされている上で
与えても見返りは求めてないから。

⁡ただただ自分が「楽しい〜幸せ〜」って状態で
自分がやりたいからやっているし、
自分のその状態が周りを幸せにしてるんだって
いうのが本当に体感できてる♡

⁡だから、相手からの反応で“自分の価値”を
確認しなくてもよくなった。

愛って、手に入れるんじゃなくて手放すこと
なんじゃないかなぁって思う。

相手をコントロールしたい気持ち、
こうあるべき、失いたくない執着、
愛されなきゃ価値がない不安など

⁡そういうものを手放せると相手がどうであれ
「ただ私である」という存在でいるだけで、
結果的に好かれる、愛される、の構造なの。

この世の真理はいたってシンプル!
だけど実践はなかなか難しいところもある。

それは思考(アタマ)でわかっていても
感覚(カラダ)に落ちていないから。

頭の中で思考をこねくり回して定義だけを
変えても変わらないのは、感情処理や
感情記憶を司る扁桃体にアプローチできるのは
体感覚からだから。

自分ひとりでは難しい場合は人のサポートを
最愛の自分のためにつけてあげよう♡

⁡ココロとカラダをリンクさせ、アタマに繋ぐ
〝癒しは創造のためにある〟


恋愛も夫婦関係も、相手との関係のようでいて、
自分との関係が映し出されるもの。

だからこそ、まずはあなた自身の気持ちを大切に♡

安心してお話しできる場をご用意してお待ちしています。
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