「話そう」と思えば思うほど、
なぜか言葉が出てこなくなるときってありませんか?
喉の奥に、何かが詰まっているみたいで。
でも、それが涙なのか、怒りなのか、
それともただの疲れなのか、、、うまく言葉にできない感じ
そんな夜が(特にね)、誰にでもきっとあると思うんですよ。
「せっかく誰かが話を聞いてくれるのに、沈黙なんて失礼かも…」
「何か話さなきゃ、って思うけど、まとまらない」
「こんなことで相談していいのかな?」
そういう不安や焦りって、実はすごく多いんですよね。
でも実は、「話せない時間」って、
すごく意味のある時間なんだと僕は思っています。
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先日、友人が久しぶりに電話をくれたんです。
「久しぶり元気?」とだけ言ったきり、うん、おひさ!どうした、、、?
で、そのまま、しばらく沈黙が続いたんですよ、、、
そうすると電話の向こうからは、すすり泣くような小さな音だけ聞こえてきて
時計の針がやたら大きく感じるくらいね(笑)
静かで、でも“何か”が確かにそこにある感じがしてような
(この時はそう思うようにしてたけど)あとで、思い返して分かったんだけど
その時は、ちょっと焦りながら、でも急かさずに、、、
ただ静かにその時間を受けとめていたって感じ。
そうね、5分くらい経った頃かなぁ〜
ぽつり、と「ごめんなさい…なんか、話そうと思ってたのに…」って
やっと声を発してくれて、まぁ実際
その一言だけで、もう十分だと感じましたね。
詳しくはもちろんよく分からないけど、そういう時もあるよねって。
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「話せない」って、
氣持ちが動いていないわけじゃないし。
むしろ、何かがちゃんと、
心のなかでめぐっている証拠なんだよねぇ〜。
ちゃい(またはCoffee)の湯氣みたいに、
氣持ちって、すぐには見えないんだけど、
、、、確かにそこにあって、少しずつあたたまっていくものかなと。
言葉はあとから、
その湯氣にのって、ふわっと立ちのぼってくる、、、みたいな
だから、
無理に言葉にしようとしなくてもいいと思うんだよねぇ
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いままでも、ぼくのところに来てくれる人の中には、
「何を話していいか分からないけど、声が聞きたかった」
なんか、安心したかったんだ、、、
そんな理由でかけてきてくれる人もたくさんいます。
それってすごく素直で、尊いことだと
そう、僕は感じ取ってます
言葉にならない氣持ちを
「ここに置いてもいいかな」って感じてもらえたなら、
もうそれって“対話”じゃん!
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「ちゃんと話さなきゃ」じゃなくていいし
うまく言えなくても、途中で止まっても、
沈黙さえも“あなたの時間”として、大切にしてほしいんだよね
そして、そんな時間を一緒に過ごせることや
僕は、何よりそこに意味があると思って今まできたから
ちゃい(Coffee)でも飲みながら、
心の奥からぽつりと出てくる言葉を、
急がず、否定せず、ただただフワッと受け止めれるようにって
そんな時間があってもいいじゃない!人生ね!
僕にも詰まることや、う〜んってなる時間んもあるし
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あなたが言葉にならなかった氣持ちを、
ちゃいでも飲みながら、
少しずつ、あたためていけるように、、、
言葉が整うその瞬間まで、
僕はそっと、あたたかな湯氣を絶やさずに待っていたいと思いま〜す!
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📞「おぢの喫茶 ちゃい・で・ごめん」では、
話しても、話さなくても、大丈夫。
あなたの“声”と“沈黙”を、ちゃんと聴かせてくださいね。