ぷれぜん仙人です。
今日は、なぜ日記を書いたほうがいいのか?
日記を書くことには、いったいどんな効用があるのか?
について、私なりの考えを書いてみようと思います。
自分の人生を、今より少しでも良い方向へ変えていきたい。
おそらく世の中の99%以上の人が、そう思っているはずです。
しかし、思ってはいるけれど、なかなか変わらない。
頑張っているつもりなのに、何も前へ進んでいないような気がする。
人間は何も記録を取らないと、簡単に時間という濁流の中に飲み込まれてしまうものです。
日記は、そういう状態を変えるための、かなり有効な方法論だと思っています。
日記を書かない人生は、セーブをせずにRPGをするようなもの
以前、SNSで、あるインフルエンサーの方が
「日記を書かずに人生を過ごすことは、セーブをせずにRPGをプレーするようなものだ」
といったことを話していました。
非常に分かりやすい例え話ですよね。
これは本当にそのとおりだと思います。
まず、人間は普通に生きているだけでも、毎日、何らかの気づきや学びを得ています。
新しく発見したこと、うまくいったこと、ミスをしたこと、悔しかったこと、「これはもう二度と繰り返したくない」と思ったこと。
実際には、一日の中だけでも、かなり多くのことを経験をしています。
しかし、そのほとんどは短期記憶の中にしかありません。気づいた時に記録しておかなければ、次から次へと消えていきます。
同じ一日を経験していても、
そこで得たものを記録し、セーブデータとして残した人。
何も記録せず、三歩歩いたら忘れてしまう人。
この違いによって、たった一日でも差が生まれます。
それを1か月続けたらどうなるか?
半年、1年、3年、5年と続けたらどうなるか?
日記を書いている人と、書いていない人の間には、とんでもなく大きな差が生まれることが想像に難くないと思います。
気づいた瞬間に、成長の種を残すべし
私は今、フリーランスなので、何か大きな気づきがあれば、その場で音声にしてバーッとしゃべります。
自分の学びや気づきを、話しながら言語化していくわけです。
それを文字起こしAIで文章にし、ChatGPTに読みやすく整えさせると、かなり詳細な記録が日記として残ります。
そして、ときどき読み返したり、1週間に一度、その週に何があったのかを振り返ったりしています。
人間の記憶は、「その記憶のインパクトの強さと繰り返し」によって形成されます。
エビングハウスの忘却曲線という言葉を知っている人も多いでしょう。
ただ、知識として知っていることと、それを日々の行動に落とし込めていることは、まったく別の話です。
日記を取ることは、その日の経験をきちんとセーブして、自分自身のレベルアップにつなげることでもあります。
もちろん、会社員として働いている方は、勤務中にいきなりスマホへ向かって音声を吹き込むわけにはいかないと思います。
そういう方におすすめなのは、パソコンのデスクトップに「業務日記」のようなWordファイルを一つ置いておくことです。
私はサラリーマン時代はこの方法で日記を記録していました。
仕事でミスをした。
知らない単語が出てきた。
上司や同僚から褒められた。
ちょっとした工夫がうまくいった。
何でも構いません。自分の成長や進化向上につながりそうな種を、気づいた瞬間に書いておくのです。
それなら15秒や30秒で済むかもしれません。長くても2、3分もあれば書けるはずです。
こういう小さな記録を積み上げていくと、成長の種を取り逃さず、自分の血肉に変えることができます。これは会社員の方でも簡単に実践できるので、非常におすすめです。
日記は、未来の自分への自己達成予言にもなる
日記に書くのは、その日に起きた出来事だけではありません。
日記は、自分の未来を予言するものでもあり、自己達成予言にもなります。
人生を生きていれば、「こんな生活は嫌だなあ」と思うこともあれば、「本当はこういう人生を生きたい」「こんな自分になりたい」と思うこともあります。
そのときに、頭の中で思うだけで終わらせず、きちんと言葉にして日記へ残しておくのです。
頭の中にぼんやり浮かんでいる状態と、言葉として形にした状態では、まったく違います。
「思考は現実化する」という言葉がありますが、頭の中に浮かんでいたものを文字に書き起こすことには、非常に強大な魔力があると私は思っています。
私たちの脳は、スーパーコンピューターのようなものです。目指している方向が決まれば、そこへ向かうための情報を探し、進んでいく性質があります。
しかし、目的地が入力されていなければ、そのスーパーコンピューターは動きようがありません。
自分はどこへ行きたいのか。どんな人生を生きたいのか。それを言葉にして入力するという意味でも、日記には大きな効果があるのです。
日記は、自分の人生を肯定するための記録になる
人間には、ポジティブなことよりも、ネガティブなことにロックオンしやすい性質があります。
実際には、日常の中に小さな成功体験や、小さな幸せはたくさん埋まっています。
しかし、それを意識して記録しないままでいると、なぜか嫌だったことや、できなかったことばかりが記憶に残ります。
その結果、「今週も何も進展しなかった」「今月も何も成長できなかった」という実感につながりやすくなります。
しかし、日記の中に「今日はこれができた」「これを学んだ」「ここまで進められた」「誰かの役に立てた」と残していけば、自分の一日には意味があったと思えるようになります。
その一日が集まれば、この1週間には意味があった、この1か月にも意味があったと、自分で自分を肯定しやすくなります。
つまり日記を書くことで、自分の人生の中に、ポジティブな歴史が少しずつ積み上がっていくのです。
もちろん、何も真面目な学びや成長ばかりを書く必要はありません。
今日見た映画が面白かった。家族と食べたごはんがおいしかった。誕生日を祝ってもらえて嬉しかった。旅行先で見た景色が素晴らしかった。
そういう思い出を、きちんと残しておくことも大切です。それが自分の中に資産として積み上がっていくと、全体として、自分の人生を肯定できるようになっていきます。
20年近く書いてきて思うこと
私は、もうかれこれ20年近く日記を書いています。
もちろん、ずっと毎日欠かさず書き続けてきたわけではありません。1、2年空いてしまった時期もありますし、1か月に1本しか書いていなかった時期もあります。
それでも、全体としては書き続けてきたので、私の人生のいろいろなページに、そのときの自分が感じていた素直な感想が残っています。
これは自分にとって、本当にプライスレスな資産です。
今は音声で日記を書いているので、以前ほど書くハードルが高くありません。無理なく、かなりの長文を残せるようになりました。
できることなら、20年前から音声日記をやっていたかった。そうすれば、どれだけ素晴らしい資産を積み上げられただろうかと思うこともあります。
まあ、そんな後悔をしても仕方がありません。
これからの日々を、音声日記という形で積み上げていけばいいのです。今はAIを使えば、それを簡単に文字にでき、簡単に読み返すこともできます。
複数の日記をまとめてAIに読ませ、1週間や1か月のまとめを作ってもらったり、自分では見落としていた気づきを抽出してもらったりすることもできます。
AI時代になって、日記は単なる記録ではなく、あとから何度でも掘り返すことのできる、自分専用のデータベースにもなりました。
「続けられる方法」が、その人にとっての正解
最後に、日記をどうすれば継続できるのかについても書いておきます。
日記を書く習慣がない人にとっては、仕事で疲れているのに、家へ帰ってから文章を書くなんて無理だと思うかもしれません。その気持ちもよくわかります。
そういう方におすすめしたいのは、とにかく自分にとって簡単にできる方法を探すことです。
私にとっては、音声日記が非常に自然でした。何を話すか決まっていなくても、スマホの録音ボタンを押して、何となく話し始めてみる。すると、話しているうちに脳が活性化して、気づきや発見が次々に出てくることがあります。
もちろん、これは私に合っている方法にすぎません。
3行だけ書く方法もあれば、手帳に書く方法もある。写真を1枚残して一言添える方法でもいいし、絵を描く人もいるでしょう。
今はSNSなどでも検索すれば、さまざまな人の日記の取り方を見ることができます。
その中から、自分が無理なく続けられる方法を探せばいいのです。
今日一日だけ日記を書くことにも、もちろん価値はあります。
ただ、日記の本当の価値は、継続と反復によって、複利のように膨らんでいくものだと思います。
自分に合った方法が見つかるまでは、いろいろ試してみればいい。そして一度、自然に続けられる方法を見つけることができたら、それ自体が人生にとって価値ある資産になるはずです。
日記は、過去を残すためだけのものではありません。
今日の経験をセーブし、未来の目的地を入力し、自分の人生を少しずつ肯定できるものにしていく。
そんな力が、日記にはあると私は思っています。
ぷれぜん仙人