感情と事実を、分けて見るということ

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電話相談サービスに込めた想いと
届けたい方へのメッセージを綴っています。

人は、感情が優位に働くとき
物事を正しく見るのが難しくなる

かわいそうだな、
大変そうだな、
助けてあげなきゃ。

そう思う気持ちは、
とても自然で、人間らしいものです。

でも、その気持ちだけで判断すると、
人は、大切な「事実」
見落としてしまうことがあります。

困っているように見える人がいたとき、
一度立ち止まって考えてみて

人の善意や資源に依存して
自己価値を保つ人は、
人の心にすっと入ってくるのがうまいです。
(※共感能力が高い人は特に要注意)

だからこそ、最初は
違和感に気づきにくいのです。

やさしい言葉で距離を縮め、
「分かってくれる人」を演じます。

それが自然にできてしまう人もいます。

だからこそ大切なのは、
感情が動いたあとに、事実を見ること。

その人は、本当に自分で
自分と向き合おうとしているか。

それとも、最初から
誰かの好意を前提にしていないか。

事実として見るポイントは

・問題解決に向けて自ら動こうとしているか

・失敗を人のせいにしていないか

・金品や支援を当然のように求めていないか

・困るたびに、誰かに責任を背負わせていないか

言葉ではなく、
実際に何をしているかを見ること

その場では反省したように見えても、
時間がたつと、また同じことが起きる。

静かになり、
落ち着いたように見えて、

人の善意や資源に依存して
自己価値を保つ人は、

ほとぼりが冷めた頃に
また何もなかったように現れます。

これは感情ではなく、
繰り返されてきた事実です。

そして、もう一つ。

そういう人の周りには
表面的なことしか
知らないものが集まり、

共感や擁護が重なることで、
自己陶酔が強化されていく。

そして、そういう人は
次のターゲットを見つけて、
同じことをくり返す。

一度の失敗が
問題なのではありません。

変わらない行動と、
それを支える環境が問題なのです。

目立ちたい、認められたい。
そういう気持ちは、
誰にでもあります。

でも、その土台が
他人のお金や、他人の我慢、
無自覚な共感の上に
成り立っているなら、
それは少し可笑しな話なのでは
ないかと思うのです。

感情は、人を思いやるためにあり。
事実は、自分を守るためにあります。

この構造に気づいたとき、
その中に居たいと思うでしょうか?

また、もしその感覚に気が付いた時には
迷わず立ち去ることを
躊躇しないでください。

境界線を引くことは、
冷たさではありません。

自分も相手も壊さないための、
優しさでもあります。

本当の優しさは、無理をして
差し出し続けることではなく、

もっと適切な場所で、
もっと必要なところに使うもの。

感情は大切にしながら、
事実から目をそらさない。

それが、自分を守りながら生きるための、
静かな選択なのではないかと感じています。


     とうこ♡感情のコンシェルジュ




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