私は基本、世の中の全てのことは「凡事徹底」で解決すると思っています。よほどの天才でない限り、生涯「努力する」ことが人間には必要で、それは基本的な日々の習慣によって培われます。華々しい成果はないかもですが、根底にある「信頼」される人間であると自負しています。以前、定年退職する方が最後の提出書類を私に託されたことがあります。私、その時点で部署所属が3年くらいで「生え抜き」と呼ばれる社歴の長い人も多数いての私への依頼で、日頃の振る舞いを見てくれていたんだなと実は嬉しかった覚えがあります。社会情勢が変わろうとも、周囲がどうなろうとも置かれたとこで咲くしかない凡人ですがその中でも評価を積み上げることが自分の土台となっていくんだなと感じています。
ですが、変わらないために変えていることはあります。例えばこのコラムを年明けから始めたのもある意図をもってです。趣味のブログは20年以上続けていますが、「しごと」のことに関する記事、特にこれからの人に向けての指針になればという内容のものは表に出す機会がなかったのでやってみようかなと始めたら、まぁ難しい。日々の業務を言語化する難しさ、語彙力のなさを今更ながら痛感しています。でも、これを1年続けたらどう変わるかなと。本当は毎週1回の更新のつもりでしたが絵を描く(イラレを使う)練習を兼ねているのもあり、さすがに業務への負荷になりそうだったのでこちらは2週に1回に変更しました。尚、趣味系は週1更新を続けています。
Illustratorの使用も、相当操作の早い、マスタークラスではあるのですが、使う技術が固定化されてしまうので、改めてこんな使い方ができるんだ〜ということで操作の勉強にもなっていますし、普段の発注先制作担当の方に教えているものも多いです。お金欲しいくらいw
で、本日のタイトル「変わらないために」
AIの台頭、C to Cビジネス領域は脅威ですが、実は人間の無意識の感覚にある「新しい」を感じとる部分を凌駕するのは難しいと思っています。AIは「過去の平均」なので過程の描写や人間の感情の揺れによるスピードの感じ方の違いまでを表現するのが苦手。言語自体が長い年月を経て変化し続けているのに、なぜAIが新しいものを生み出せると思うのか。だからクリエイティブの本質的な作業には向かないのです。
有名な話としてアニメ「サザエさん」を挙げたいのですが、ここにきてようやく「サザエさん」の環境がジェンダー的にどうなの?という声が出てきていますが戦前戦中の漫画で、原作者がとうに亡くなって、アニメでも何度も同じ話を繰り返していても揺るがない国民的作品です。ですが、変わらないために、脚本は毎回更新するのは当然として、美術セットとしての「磯野家」、インテリアであるカーテンは季節ごとに「変えて」いるそうです。他のファミリー系アニメも同じように少しずつどこかを変えていると思います。変化があるから「飽きない」そして「変わらず見続けることができる」
あるミュージシャンも「慣れ」はファンに見抜かれて、飽きられると発言されています。
「変わらない」ために「変える」。どこを変えていくのか、それもセンスのひとつかなと私は日々考えております。