深夜の散歩と静けさの本質

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わたしはよく深夜に散歩をするんです。
周囲に光が少なく、田舎なので天気が良いと星もよく見えます。その静けさの中で、一人でふらふらと歩いていると、まるで世界が止まったかのような感覚に包まれます。

その時、わたしはいつも
「止まることを知れば、もう危険はない」
と感じるのです。

社会、というものが日中わたしたちに与える欲望や刺激、絶え間ない競争。
それらに振り回されるのは本当に疲れることです(振り回されていることにすら気づいていない人も多くいます)。

でも、夜の静けさの中で自らの足音を聞きながら歩いていると、欲望を燃え上がらせる必要はないんだと知ることができます。

欲望をどこで止めるか、を知っていれば、社会の喧騒から解放されます。

昼間、わたしたちは常に動いて、なにかを求め続けなければならないようなプレッシャーを感じるようになっています(それの大元は社会の教育であったり、貨幣経済であったり、我良しで動くエゴであったりといろいろですが)。

社会の中で求められることや、他人の期待に応えようとするあまり、自分を見失うのです。

この地球では見失っている方が多すぎて迷子センターは年中無休で大忙しでしょう(笑)



冗談はさておき。
静けさの中でそれらを一度止めることで、心の中の本当の声に耳を傾けることができます。それが、心の永遠の平穏と本質につながる瞬間です。

深夜の散歩は、まさに一種の瞑想の時間です。

深夜の静けさを知っていると、社会で求められているものや、そもそも社会そのものが実は大したものではないと気付くのです。


室内の明かりに照らされていると、こうした感覚には気づきにくいのかもしれません。

外の空気が冷たく、星がきらめく中に自分の足音だけが響く環境に身を置くと、圧倒的な静けさに包まれるはずです。

その時、自分が静けさと一体になった感覚を味わえるでしょう。
その瞬間エゴは消え去り、「ただ在る」の状態です。存在としての素の状態です。


昼間の社会の喧騒や欲望の渦に巻き込まれず、あなたの内面に深夜の静けさを保つことができれば、現実世界(幻想)のどんな困難にも動じることはなくなるでしょう。

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