こんにちは♪
次女はアイスランド旅行中みたい。
大自然の美しさだけではなく
死にかけるような怖い体験もあったみたいです。
人は自然のちからには逆らえないですね。
そうそう、サラさん、もう50歳過ぎましたが
若い頃思ってた50歳とはぜんぜん違うものですね。
このこころというのか心地は変わらない。
身体や見える景色は移ろい変わっていくけれど・・・
きっと、60,70,80?(生きてるかな?)
になっても、この心地は変わらないだろうな。
田舎から東京への移住や
様々な出合いから
素で関われる経験など体験中の中
いろいろ移り変わりましたが
皆さんも、集合的なこうに違いないだったり
こんなこと出来ないに違いない
というようなものはさらっと手放してみてね。
ご縁もね自分に無理してまで握りしめなくても
手放せると、また今の自分に合ったご縁が
不思議と現れてきます。
そしてね、集合的な これが素晴らしい
みたいな多くの理想みたいな正解があるかもだけれど
そういうのも崩していい。
というか、過程の中で崩されていく。
それに近づけようとして
性質を無理させてしまうことも実は多くて。
木もいろいろな種類、
大きさ、
時期によって、芽吹くとき、散るとき
枯れるもの
またはおかしな形したもの・・・
木だけでもさまざまです。
変わらないようにしようとは、自然の樹々はしていないし
移ろいゆくまま。
他の種類になろうともしていない。
どっしりとただ在ります。
わたしたち人もね、理想とか関係なく
それぞれの性質があって
形があって、色がある。
それに間違いも優劣もなくて・・・
集合的なところを基準にしてしまうと
不公平だ!と
言う自分が生まれるかもしれないけど、
比べること自体、本来ずれていることで
今の状態で本当は良くて
これでいいのだって力ぬけたところが
役を生きてるということ。
その無条件なところから
不思議だけど、未知の自分が現れてきたりする。
そうしようとするのと違ってね。
実はいつも後付け。
あら、こうなっちゃった。
それが自然なのでした。
何を書きたかったのかよくわからなくなってきたけど、
これも現れるがままに^^
集合的な理想と違ってても
今の様子に寛いであげられますように・・・
いくつになっても変わらないもの
感じていたいですね。
変わらないものの上でゆっくりと移ろいゆくものを
眺めつつ・・・