おはようございます。
雷や氷の粒が現れる天候がありました。
本当自然の力はすごいです。
このお天気に圧倒されて、胸がいっぱいになっていました。
胸がいっぱいといえば
大学卒業くらいに上映された『もののけ姫』に誘われて
もう観たしな・・・という心地で
足を運びましたが
その心地が吹き飛ぶように、始終涙と一緒に胸が反応し続ける
ひとときでした。
さっきの心地はなんだったの?と
そんなサラさんの様子が面白かったです。
”曇りなき眼で見定め決める”
”鎮まれ、鎮めまりたまえ”
”シン神は死にはしないよ。いのちそのものだから。
生と死と二つとももってるもの。”
アシタカから生まれる表現たち。
アシタカの強く綺麗なこころに
雷の空と同じように圧倒されてしまいました。
たくさん学ばせていただける表現で
自らをも振り返る機会になりました。
まだ余韻が残り
また描かれる自然の美しさも思い出され
そこを感じると、涙がでてきます。
大きな画面で観るというのもいいですね。
曇りなき眼は、一切の個人から生まれる先入観を持たない
”眼”のことで、強さや賢さがないと
弱さや愚かさから生まれる先入観が生まれてしまう。
慣れ親しんだ反応ですね。
強さは自分を守ることを優先させない
捧げられている状態・・・
それでいて大切なものを守りたいという
純粋な想いも素直に現れていて・・・
私たち人間にはこのような真のこころが
存在してるんですね。
様々な感情は自然に現れるにしても
それを頭でなんとかしようと
巻き込まれてしまう。
その状態を、鎮めよ鎮めよ、冷静になれ!と
教えてくれてるように感じました。
このサラさんというのも
ある移ろいゆくいのちの表現のある状態。
生まれたのもどこから生なのかもわからないし、
死ぬのもどこが死かわからない。
今も細胞やからだの皮膚なども
生と死を繰り返してる。
サラさんの生と死に見えるものも
いのちの移り変わる繋がりのうちの一部分だけを
見てるもの。
自らの内の生と死・・・
永遠の中の一つ
アシタカの名前はアシタカヒコというようでした。
「毘古」は男神を意味するとも
調べると表現されていました。
神を生きる人間の姿として教えてくれてるように感じたのでした。