おはようございます。
こちらに来てから
今まで背負うことがなかったリュックを背負うことが
多いのですが、
この間、気づけば一万歩歩いていた時があって・・・
肩から胸にかけて、痛みが現れました。
少しからだに無理させてしまっていたようです。
昨日背負おうとしたら、背負えませんでした。
今まで使っていなかったところを
急に使うとからだも休ませようと
痛みとして教えてくれますね。
少しずつ、このような体験が現れながら
こちらの環境にからだが合っていくのでしょう。
有難いな・・・
からだの中と同じように
世界の均等はこんな風に
常に取られていると感じると愛おしさが生まれます。
不平不満を言うこころが
とても小さなものとも見えてくるのではないでしょうか。
調和を取ろうという働きが
このからだを通しても起きていて
それに合わせていくということが
明け渡すということ。
不平不満や好き嫌いは
自然に生まれてくるけれど
いつまでもそれに囚われ続けることは
明け渡すことからずれてしまいますし、
それこそ、神さまに
こんな風にならないといやだ!と
命令しているのと同じこと。
もともと、私たちの働きは
すべて全体、神さまの内のこと。
『高次元と繋がることは厳しいことだと
伝えられました。』
そんな表現が現れることがありました。
その厳しさということがあるのだとしたら
この明け渡しのことでもあるように感じました。
掴んでる望み、希望、大切なものを
手放さなければならないとなったとき
それができるかどうか
私から生まれる大事なものと執着してるもの
を諦められるかという厳しさ・・・
でも、その厳しさは同時に優しさでもあるのですね。
私たちを超えた
壮大な自然の働きの中に私たちはすでに存在してるということを
感じられるのですから・・・
今まで向き合ってきた浄化的な
その都度湧き上がる抵抗感、痛みに気づきあるがままを
感じることも源へ向かい、全体の中に
それらが溶かされるということでもありますし、
神さまという表現が慣れ親しんでいるなら
その至高の力に救いを求めて
捧げますと自らを明け渡すことも同じこと。
その方その方のタイミングで
世界に現れてきた合った形で向き合っていかれることでしょう。
静かな優しい温かさに今日も包まれますように・・・