神さまのワルツ

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コラム
こんにちは♪


たくさん雨が降りましたね。
目を瞑り音だけ聴いていると、風、かえるの鳴き声、虫の声、鳥の声、部屋の中の音・・・
なんだか静かな中に響き渡り、とても神秘的な感じがしました。


今日お電話で神さまという表現がでてきたので・・・


サラさんが感じている神さま。


それは私の外に存在するのではなく
すべての背後がそう表現されるものだったんだなと。


イメージの中の神さまは
教えられてきたもの、知識、頭の中のもの。
そのイメージの中には”神さまはこうに違いない”
というような人それぞれのイメージが創りあげられているかもしれません。


何と表現したらいいのかな・・・
感覚を表現するって難しいですね。


この目の前に見えてるものも全部
神さまの様子というのか。


人は、神さまのワルツを、それぞれの目を通して見てる。
味わってるというような・・・


次々に現れる文字、見える手、パソコン・・・
この様子が神さまのワルツ。


そのワルツの表現を
”これはダメ”
”あんなことをしなければよかった”
”神さまはバチを与えるかも”
などなどのダメ出し。


神さまの表現、ワルツなのに
それを否定していることが実はおかしかった。


それが価値観や、概念、教えられた考え方から生まれるのですね。


ワルツをジャッジして見えなくしているそれらが剥がれ落ちて
とてつもない壮大な神さまの表現、ワルツが
顕わになり、感じられるようになる気がしています。


考え方で見ていると
その表現が、その人のフィルターを通すことになって
歪んでしまう。


見えるものは神さまの表現であれば
この私や、貴方もそれらの
表現の現れ方の違いだけであって
一つの様子なのです。


事実はそのひとつの神さまの様子が
次々に移ろい変わってる。


私や貴方もその中に現れているものなので
それらすべてを顕わしめてる
おおもとが本来のわたしで、神さまということ
なのでしょう。
でもそこに現れているものも
同時にそれそのもの・・・


そんな風に、今感じています。











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