おはようございます。
生きてる・・・
命を感じて、今朝も、温かく有難い心地です。
”思考はあるけど、思考者はいない
行為はあるけど、行為者はいない”
これを感じることが真の安らぎだと感じています。
今という一コマを丁寧にみていくと
このことが見えてくると思います。
そして、昨夜眠る前に耳にした表現で
なるほどなあ・・・
と感じたものがあったのでシェアしますね。
手のひらをじっくり眺めてください。
その時に、手の甲を想像してみてください。
次に、手のひらを裏返し
その手の甲は、先ほど想像した手の甲と
同じでしたか?
想像したものとはまったく違っていたことが多いと思います。
そして手の甲を見ている今、手のひらを想像
細部までできますか?
これまたできないことが多いです。
これが、頭の中の”想像”
さっき見たという”過去”がどれだけ
あやふやで事実とかけ離れているかということ。
また思い描く未来も同じ。
今ここにない事実は幻想と表現されるもの。
私たちは幻想の中、夜見る夢と同じ夢を見ていると
表現する方がいるのもそういうこと・・・
今ここ、この明らかなものが事実。
私もそうでしたが、
だいたいそこが見えておらず
ここにない、何かを求め彷徨い続けている。
ときめくものなのか・・・
またまたまだ起きていない未来なのか・・・
それが悪いことでは決してないけれど
その求め続ける動きの中に
本当の幸せや、安心はないですよと
先人は伝えてくださっているのですね。
行為する私というものなく動きが起きているという全体を感じながら
また幻想の世界も楽しむ・・・
両方あっての一つで、
これまたバランスなんでしょうね。