“つらいはずなのに理屈ばかり話してしまう”あなたへ。心理学が教える“気持ちを説明しすぎる心”のほどき方

“つらいはずなのに理屈ばかり話してしまう”あなたへ。心理学が教える“気持ちを説明しすぎる心”のほどき方

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コラム

気持ちを聞かれると、事情の説明が始まってしまう

「そのとき、どう感じたの?」と聞かれて、少し困ってしまうことがあります。
代わりに、「相手にも事情があって」「あの状況では仕方なかったんです」と説明を始める。
出来事の経緯ならいくらでも話せるのに、「悲しかった」「怖かった」という言葉になると急に難しくなる。
自分ではちゃんと話しているつもりなのに、話し終えてもなぜか心が軽くならないこともあります。
それは、話し方が下手なのではなく、気持ちより先に頭で理解することが身についているのかもしれません。

理解することが、気持ちから自分を守ることもある

臨床心理学では、つらい感情に直接触れることが難しいとき、考えたり説明したりすることで距離を取ることがあると考えます。
なぜ相手がそうしたのか。
自分にも悪いところがあったのではないか。
どうすれば次はうまくいくのか。
そう考えている間は、悲しさや悔しさを直接感じずに済むことがあります。
考える力は大切ですし、それによって乗り越えられることもあります。
ただ、頭では納得しているのに何度も同じ出来事を思い出すなら、まだ気持ちのほうが置き去りになっている場合があります。

「なぜ?」より先に、「どんな感じ?」と聞いてみる

気になる出来事を思い出したら、原因を考える前に、自分の中に残っている感覚を確かめてみてください。
胸が重い。
腹が立つ。
少し寂しい。
本当は分かってほしかった。
うまい言葉が見つからなくても構いません。
「なんか嫌だった」くらいでも十分です。
気持ちは、正確に説明できて初めて存在してよいものではありません。
曖昧なままでも、その感覚を急いで理屈に変えないことが、自分の心を知る入り口になることがあります。

答えではなく、気持ちを探すために話してもいい

誰かに相談するときも、出来事を完璧に整理してから話す必要はありません。
「理由は説明できるんですけど、自分がどう感じているのか分からなくて」と話し始めてもよいのです。
安心して話しているうちに、「本当はかなり傷ついていたのかもしれない」と、あとから言葉が出てくることがあります。
相談は、正しい分析を聞くためだけの時間ではありません。
自分ひとりでは見つけにくかった気持ちを、誰かと一緒に探すための時間にもなります。
頭で分かることと、心が納得することには、少し違う道のりがあるのだと思います。

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