※今回も、実際にご相談いただいた方のお話をもとに、許可を得て内容を再構成しております。
「同じように悩んでいる方の助けになれば」と願うご本人の気持ちを込めて、綴らせていただきます。
離婚してから十数年。職場と自宅を往復するだけの毎日に「まあ、人間関係で疲れない分ラクだわ」と自分を納得させて生きてきました。とくに男性にはもう期待していない――そう豪語していた私が、気づけば秋の信州を一緒に旅していたのですから、人生はやっぱり予想外の連続です。
きっかけは“ひとり参加歓迎”の写真ワークショップ
仕事を辞めたタイミングで趣味を見つけようと、スマホで「初心者OK 写真講座」を検索。見つけたのは日帰り撮影会つきのワークショップでした。「ひとり参加歓迎」と大きく書いてあったのに、当日集合場所へ行くと、ほぼ全員が顔見知りのような雰囲気。思わず帰ろうか迷っていると、後ろから低い声が聞こえました。
「初めてです? 僕も一人なんで、並びましょうか」
振り向くと、キャップにリュック姿の同年代らしき男性が立っていました。正直“写真おじさん”という印象で心の壁が上がりかけたのですが、「一人なんで」という言葉が、ちょっとだけ肩の力を抜いてくれたのを覚えています。
レンズ越しに見えた“意外な視点”
撮影実習は、神社の裏山にある小さな滝がテーマ。私はオートモードで必死にシャッターを切るだけ。一方彼は、苔むした岩や滝のしぶきが映り込む水面、私が気にも留めなかった場所へレンズを向けていました。
「水の音を撮りたいんです。写真なのに音が聴こえる気がすると楽しくて」
そんな説明をする彼を見て、「写真は形だけじゃなく“感じるもの”なんだ」と初めて思ったのです。講座後、休日に撮った写真を見せ合おうとLINEを交換。ここで“あ、また男と連絡先を…”と一瞬ためらったものの、「写真仲間」と念じて登録しました。
“写真仲間”のはずが、話は次の旅へ
数日後、彼から届いたメッセージは作品ではなく紅葉情報のリンク。
──来月、長野の渓谷で星空と紅葉の撮影ツアーがあるらしいです。
──バス席、あと2つ空いてました。ご一緒どうです?
誘われた瞬間、頭に浮かんだのは過去の苦い思い出。「また男に振り回されるかも」という警戒心と、「夜空を撮ってみたい」という好奇心がせめぎ合いました。結局背中を押したのは、彼が最後に添えた一文。
「参加しなくても大丈夫です。空いてるかもと思ってシェアしただけなので!」
押しつけがましさゼロの誘い方に、ふっと笑いがこぼれ、「行ってみたいです」と返していました。
旅先で知った“誰かといる自由”
迎えた当日。バスの車窓から見える山は色づき始め、陽が落ちるころには空が澄みきっていました。撮影ポイントに着くと、彼は三脚を立てながら私にNDフィルターの使い方を丁寧に説明。「星を止めるなら15秒、流したいなら30秒くらいでしょうか」と、地味だけど頼もしいアドバイス。誰かと並んでシャッターを切る時間が、こんなにも静かで満たされるものだとは思いませんでした。
撮影がいち段落して凍えた手をこすっていると、彼がポットからココアを注いで差し出しました。
「甘いもの嫌いじゃなければどうぞ。星を待つ間って冷えますよね」
紙コップ越しの湯気と、彼のさりげない気遣いに「あれ、男性といるのも悪くない」と心が解けるのを感じたのです。
戻ってきた自分の“好奇心”
ツアーの帰り道、満天の星を再生したカメラの液晶をふたりで覗き込みながら、私は思わずこう言っていました。
「来年は新月のときに、天の川も撮ってみたいですね」
言ってから、自分でも驚きました。男性と旅行どころか、未来の計画を立てるなんて想像もしなかったから。でも彼は笑って頷きました。
「じゃあ来月また機材の練習がてら、近場の海で夜景撮ります?」
恋人でもない。ましてや夫婦でもない。ただ“同じ景色を見たい誰か”がいる――そのシンプルな事実が、私の世界を大きく広げていました。
男性はもうこりごり、そう思って心を閉ざしていた頃の私に伝えたい。
「こりごり」なのは“過去の痛み”であって、未来の楽しみではないと。
もしあなたが同じ言葉で自分を縛っているなら、一歩だけ好奇心に任せてみてください。
想像以上に自由であたたかな時間が、すぐそこに待っています。