今日も仕事場の片付けをしてきました。
といっても、大がかりなものではなく、机の上と横に積み上がっていた書類を少し整理しただけです。
机の横にも書類が束になって積みあがっていて、
机の上にあったものと、それらを片付けただけなのに、結局3時間もかかってしまいました。
1. 片付けは、人生の選択よりも決断のいる仕事
人生は選択の連続だと言われますが、
片付けはそれ以上に細かい判断の連続です。
ひとつひとつの物に対して、
「残すのか」「手放すのか」「後で考えるのか」
小さな決断を積み重ねていく作業になります。
私はそれを3秒以内に判断する、というルールを自分に課しています。
正直に言うと、じっくり考えていると体力がもたないからです。
体調に波がある中で片付けをしていると、
「迷う時間」そのものが、とても負担になることがあります。
だからこそ、あえて深く考えすぎずに、
流れで決めていくようにしています。
人によっては、ゆっくり考えながら進める方が合っている方もいると思います。
ただ、私にとっては、このやり方が一番続けやすい方法でした。
また、書類を触っていると、その時の思い出がよみがえってきます。
「あの人は元気かな」「どうしているかな」
そんな記憶が次々と浮かんできて、
そのたびに気持ちを振り払いながら作業を進めていくことになります。
それは当然、疲れますよね。
2. 大人の片付けは、一人で背負うことも多い現実
そればかりではなく、うちは片付けをする人数が3人しかいません。
そのうち2人は年老いた両親なので、
「何でわたしばっかりやらなければいけないんだ?」という怒りもこみあげてきます。
弟も妹も県外におり、それぞれの生活があるので、
もちろん手伝ってもらえる訳はありません。
だけど、自分の中でどうしても兄弟に対して
「やってもらいたい」という期待と甘えがあって、そう思ってしまうのでしょう。
3. 「これだけしかやっていないのに」と思ってしまう理由
こうして振り返ってみると、
片付けというのは単なる作業ではなく、
・判断の連続
・思い出との向き合い
・感情の処理
・人間関係のストレス
いろいろなものが重なっていることに気づきます。
だから、
「これだけしかやっていないのに疲れた」と感じるのではなく、
本当は、
「これだけのことを一度にやっている」から疲れるのかもしれません。
4. だから、疲れて当たり前
片付けをしていて疲れるのは、
決して気のせいでも、要領が悪いからでもありません。
それだけたくさんのものと向き合っている証拠です。
もし同じように、
「たいして進んでいないのに疲れてしまった」と感じている方がいたら、
それは、ちゃんと向き合っているからこその疲れだと思います。
「これだけしかやっていない」ではなく、
「これだけやった」と思っていいのかもしれません。