夏至後から頻繁に起こる頭痛
吐き気、嘔吐、、かなりだるい。
何が原因なんだろう?
きっとスマホの見過ぎ、気圧やホルモンバランスなど、
現実的な要因も多々あると思うけど、、
身体は何かを伝えようとしているのかもしれない!!
久しぶりにゆっくり自分と向き合ってみた。
すると、パンパンに張った肩から
【ずっといろいろなものを背負ってきた】
という感覚が湧いてきて、
“やらなきゃ”を手放すと浮かんだ。
そんなの誰だって手放したいよ・・
そして今までのパターンを振り返ると、あれっ?私って
「誰のために頑張ってきたんだろう?」
「何のために頑張ってきたんだろう?」と虚しくなった。
その瞬間、浜崎あゆみさんの「A Song for××」が頭の中に流れてきた。
懐かしなぁ…と歌を聴いていたら、自分の本音の更に奥にある本音が
出てきた。
ホントのほんとうは・・リラックスしたい!!
そういえば、、
自分が頑張っているのに、まわりでリラックスしている人
を見ると、何故かいつもイラついてた。。
もしかすると私は、ずっと肩の力を入れて頑張っていたのかもしれない。
思い返せば、小さい頃から人の顔色を読むのが得意だった。
相手が何を感じているのか、何を求めているのかを自然と察して、
「ちゃんとしなきゃ」「期待に応えなきゃ」と
頑張ることが当たり前になっていた。
幼少期から"私を見てほしい"って気持ちも、
心のどこかにあったような気がする。。
そっか、、
自分で自分をダメ出しして、自分を追い詰めていたんだ...。
もっと頑張らなきゃ。
もっとできるはず。
まだ足りない。
そうやって、一番厳しくしてたのは、自分自身だった。。
実は、前日の夢のメッセージも
「もう大丈夫。安心して進んでいいよ。」と背中を押してくれていた。
その夜、寝室にある電波時計が数時間ズレていて、
翌日には何事もなかったように正しい時間に戻っていたことも
ズレていたものが本来のリズムに戻ったように感じた。
もちろん、電波時計が正常に時刻を合わせただけなのかもしれない。
でも、夢や現実の出来事、そして内観を通して感じたことは、
私の中で一本の線がつながった。
もしかすると、私の身体は
「もう十分頑張ってきたよ。少し肩の力を抜いても大丈夫。」
そう伝えてくれていたのかもしれない。
結局、私は
"何にも苦しめられていなかった、苦しみは自分の中にあったんだ"
そこに気づいて、ようやく肩の力を抜ける気がした。
これから「やらなきゃ」ではなく、「私はどうしたい?」を大切にしながら、
無理しない私で暮らしていけるといいな♪