母の日に、究極の悟りを開いた私の話

母の日に、究極の悟りを開いた私の話

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コラム
父の日を過ぎた今、母の日の話をする私は皆様にどう映るのでしょう🙂‍↕️

読んでくださる方がごく僅かな私のブログではございますが、母の日に想いを伝える側、労われる側の皆様、思い出深い母の日となりましたでしょうか🤱🏻✧˖°

37?38?歳ぐらいから自分の物の見方や考え方が少しずつ変わってきている事を感じています。

41歳で迎えた先日の母の日、

「んまぁ、また私ってば…ホホホ♡」

またそれを大きく実感する日となりましたのでそのお話を。

私には小学校6年生と4年生の娘がいます。

毎年母の日には
パパと買いに行ったカーネーションとメッセージ、お手紙もあれば画用紙に描かれた大作系、見開きの色紙の年も。
それと私が身に付けられる、または毎日目に触れられるような手作りのアートを贈ってくれる。

それをモジモジ少し照れながら、でも「喜んでくれるよね‥?ママ??」そんな照れくささと期待が漏れ出ている娘達を見て私の母性は毎年大爆発を起こす。

発狂しそうな程に愛おしい。なんて可愛いんだと叫び出したくなる。

「ママすごく嬉しい!世界で一番幸せなママにしてくれてありがとう!!」

「産まれてきてくれてありがとう…大好きだよ😭」

私だけが一人感極まり大騒ぎ、娘達は「はいはい…」、
これが我が家の通例となっている。

私はその贈り物を「宝物」と呼び、
この生涯を終える時、必ず棺桶に一緒に入れて欲しいと毎年宝物ボックスに大切にしまっている😌


今年も愛おしい宝物がまた2セット増えたのですが、何が変わったのか、


私の母の日の捉え方。


「え、母の日って自分で労うだけで良くね?」

「まさかこれが…(震)
これが周りに期待しない事の真髄‥?(震)」

と大真面目に、朝から自己流の結論に辿り着いたんですね。


お母さんになってもうすぐ12年かぁ。

我が子とはいえ他人、
人様を育てるというあまりに責任重大な大役を12年間も‥

私よ、本当に毎日毎日おつかれ様でございます。

子供達はこんなに立派に、力強く育ちました。
その中で私も同じように成長し、刺激を頂いた。

私、いつもありがとう。
子供達、こんな未熟な私をママ!ママ!!と慕ってくれて本当にありがとう。

立派でなくとも、人として恥ずかしくない背中を見せなければ。
よしよし。


2026年の母の日は、
朝食後のハニカミ宝物贈呈セレモニーのはるか前、
子供達の起き出す更に前の朝6時ごろには私の中で終わった。


そんな心持ちで頂いた母の日のプレゼント。
子供達がまだまだ小さな手で、そして溢れる想いで一生懸命に作ってくれた作品達は私にとってこの上なく有難い、2人の感謝が詰まった宝物となりました。

子供が欲しかった十数年前の私。
一人っ子だった為か賑やかな家庭に憧れていた私。

2人の愛娘のお陰でお母さんになれた。
母の日は来年もきっと私にとってそれを感謝する日になる。
子供達が産まれてきてくれたあの日の喜びを思い出して一人、あぁ、いてくれるだけで幸せだ、そう感じる日になる。

そんな風に思った母の日でした。

そして娘の立場として、
今年71歳を迎える我が母へは母娘水入らずの一泊二日旅行を。

私の手作りなんぞは嬉しくなかろう。
そして「いつか使うかも精神」で生きる母の周りには
もう終活を開始してほしいレベルで物が溢れている。

そんな母には(夜ご飯何にしよう)等微塵も感じない場所で
娘と共に過ごす、そんな時間をプレゼント。

車で一時間ほどだからと選んだ旅行先は偶然にも、
古事記や日本書紀において
日本で最初に生まれた島とされる神話の島、淡路島。

私を産んでくれた母と、始まりの島とされる淡路島。

やだ、なんかロマンチックやん〜♡
それを知り、のんびり過ごそうねと言っていたにも関わらず、
時間の許す限りパワースポット巡りにいそしんだ私達。

来年も母として、娘として、こんな過ごし方が来年も出来るよう、健康第一であります。


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