悟りはゴールではなくスタートです。
悟りは事実として存在し、言葉の限界を超えた衝撃的体感です。
僕は27歳の時に真理を発見し、仏典などからそれが悟りであることを知りました。
つまり僕の場合、悟ろうと思って悟った訳では無く、ただ「真理とは?」という疑問を追求した結果が悟りだった訳です。
悟りによって気付いたことは、
仏教は願い事が叶うように外側へと祈りを向けるようなものではなく、
ということは、こうゆうこと。
↓
ということは、こうゆうこと。
↓
ということは、こうゆうこと。
という具合に、抽象度をどんどん上げ、真理に向けて無矛盾性を追求する極めて知的な宗教であり、優れた哲学です。
そしてその哲学は、「全てに通ずる性質を持ち合わせている」ということを、徐々に理解していきました。
まさに、森羅万象を知る為の智慧の教典。
「真の宗教は科学と矛盾しないだけでなく、科学を指導する。」(日蓮正宗教学より)
仏教(真理)は全ての学問にも通じ、そこから「価値とは何か」を教えてくれます。
では実際、悟りを開くと何が変わるのでしょうか?
僕の体験から申し上げますと、やはり一番大きな変化としては
「冷静な判断」
が出来るようになったことです。
過去の失敗に縛られることや、
未来に対する不安も無くなり、
今この瞬間だけが真実であると気づきました。
過去や未来は存在せず、それはただの妄想でしかない。
感情が暴れた場合、そこには必ず断定的、または絶対的といった偏った解釈(思考)が含まれており、その解釈は断定できず絶対とは言えない。
思考を主観的ではなく、客観的に見つめることが出来るようになり、楽観思考が身につきました。
しかし悟りを開いても、悩んだり落ち込んだりすることが完全に無くなるわけではありません。
ですが悩んだとしても、悩んでいる時間はそれはもう極端に短くなります☆
ではどのようにすれば悟りを開くことが出来るのでしょうか?
僕なりの解釈ですが、
悟りは難しく考えるようなものではなく一人の時間を作り、真理をただひたすらに追求する「のみ」。
悟りの方法論は昔から議論され、多くの書物もあります。
悟りは言語を扱う人類の全てがこの瞬間に悟ることが出来ます。
ただ、抽象度を上げる為にはやはり一人の時間を作る必要はあります。
そして、
「人は何故悩むのか?」
↓
「人の悩みの全ては言語によって支配されている。」
↓
「言語の始まりである人間の本能は何か?」
という具合に抽象度を高めていく。
悟り(真理)はそのすぐ奥にあります☆
ただ一つだけ忘れてはいけないことがあります。
それは真理の追求に価値は無いということです。
価値とは、人と人との関わりの中で感じ取れる感情にこそありますから、真理の追求よりも他者への理解を優先し、それが出来ている中で、自分を見つめる時間として、
1日10分でも「悟りとは何か?」を考える。
何よりもバランスを取ることが大切☆
ということですね☆
◇今日の名言◇
貪りと怒りと愚かさを捨て、諸々のしがらみを断ち、命が尽きるのを恐れず、犀(サイ)の角のように、ただひとり歩め。
釈迦
また、ココナラ電話サービスにて、悟りの体感共有を行っております。
仏陀=悟った人のことを言い「悟り」はお釈迦さまだけのものではなく誰もが悟ることができ、その悟りの体験者が「空」をわかりやすく説明します。
「空の体得」により「観自在(かんじざい)」と呼ばれる境地を体感していただきます。
観自在とは字のごとく、観念=思考であり、 「(色々なものを)観察することが自在である」ということ。
訓練を重なることでより日常に定着し、ポジティブになることで悩む時間を極端に短くしていくことができます。
推定時間約 60分
是非お問い合わせをお待ちしております。