忘れられない人を、少しずつ手放すまで(第4話)
記事
コラム
SNSを見てしまって、自分で傷つく
見ないほうがいい。
分かっている。
見たらきっと、
また苦しくなる。
知りたくなかったことまで、
知ってしまうかもしれない。
だから今日は見ない。
そう決めたはずなのに、
気づけば検索している。
名前を入れて、
プロフィールを開いて、
投稿を見てしまう。
何も変わっていなければ、少しほっとする。
でも、更新されていたら、
胸がざわつく。
今、どこにいるんだろう。
誰といるんだろう。
この写真は誰が撮ったんだろう。
楽しそうに見える。
私と別れても、
普通に笑えているんだ。
そう思った瞬間、
胸の奥がぎゅっと痛くなる。
相手が悪いわけではない。
別れた後も、
相手には相手の生活がある。
笑う日もある。
誰かと出かける日もある。
何もなかったように見える瞬間もある。
頭では分かっている。
でも、心はついていかない。
私はまだこんなに苦しいのに。
私はまだ夜になると泣いているのに。
私はまだスマホを見るたびに、
あの人を思い出しているのに。
どうしてそんなに普通でいられるの。
そう思ってしまう。
SNSは、
見たいものだけを見せてくれるわけではない。
知りたいことを知れる場所のようで、
本当は、知らなくてよかったことまで見えてしまう場所。
新しい投稿。
変わったアイコン。
誰かのコメント。
楽しそうなストーリー。
オンラインだった時間。
ただそれだけで、
心は勝手にいろいろな想像を始めてしまう。
もう私のことなんて忘れたのかな。
新しい人がいるのかな。
あの場所、前に私と行きたいって言ってたのに。
その笑顔、私にはもう向けてくれないんだ。
確かめたくて見たはずなのに、
見るほど苦しくなる。
安心したくて開いたはずなのに、
余計に不安になる。
それなのに、やめられない。
また見てしまう。
見ないほうが楽なのに。
見たら傷つくと分かっているのに。
どうしても、あの人の今を知りたくなる。
それは、まだつながっていたいからかもしれない。
もう直接連絡はできない。
声も聞けない。
何を考えているのかも分からない。
でもSNSを見れば、
少しだけあの人の世界に触れられる気がする。
今も存在していること。
今も生活していること。
今もどこかで笑っていること。
それを知るだけで苦しいのに、
知らないままでいるのも苦しい。
だから見てしまう。
知りたい気持ちと、
知りたくない気持ちの間で、
何度も揺れてしまう。
ある夜、
あの人の投稿に知らない誰かがコメントしていた。
何気ないコメントだった。
深い意味なんてないのかもしれない。
ただの友達かもしれない。
でも私は、
その相手のプロフィールまで見に行ってしまった。
どんな人なんだろう。
どういう関係なんだろう。
私より近い人なのかな。
もう新しい恋が始まっているのかな。
見れば見るほど、
自分の心が削られていくのが分かった。
でも、止められなかった。
気づいたら、
何十分もスマホを見ていた。
そして最後には、
何も分からないまま、
ただ苦しくなっていた。
SNSで見えるものは、
その人の全部ではない。
本当の気持ちも、
本当の寂しさも、
本当の後悔も、
そこには映らないことが多い。
笑っている写真があるからといって、
本当に平気だとは限らない。
楽しそうな投稿があるからといって、
あなたのことを一度も思い出していないとは限らない。
でも反対に、
そこにあなたがほしい答えがあるとも限らない。
「まだ好きだよ」
「後悔しているよ」
「本当は寂しいよ」
そんな言葉を探して見に行っても、
SNSはそれを見せてくれない。
ただ、断片だけが見える。
その断片を見て、
心が勝手に物語を作ってしまう。
だから苦しくなる。
本当は何も分かっていないのに、
自分だけが深く傷ついてしまう。
見た後で、
いつも思う。
見なければよかった。
でもまた、
次の日には気になってしまう。
新しい投稿はないかな。
何か変わっていないかな。
私が知らないところで、
何かが進んでいるのかな。
そんな気持ちで、
またスマホを開いてしまう。
そしてまた、
自分で自分を傷つけてしまう。
でも、SNSを見てしまう自分を、
責めすぎなくていい。
それだけまだ、
あの人のことが気になっているから。
それだけまだ、
心が追いついていないから。
それだけ、
急に切り離すには大きすぎる存在だったから。
見てしまうのは、
あなたが弱いからではありません。
まだ手放す途中だからです。
ただ、もし見るたびに深く傷つくなら、
少しだけ自分を守る工夫をしてもいい。
すぐにブロックしなくてもいい。
全部消さなくてもいい。
でも、今日は見ない時間を作る。
寝る前だけは開かない。
通知を切る。
検索しそうになったら、
一度スマホを置く。
見たくなった気持ちを、
メモに書いてみる。
「今、あの人のことを知りたくなった」
「でも見たら苦しくなるかもしれない」
「私は本当は、安心したいだけなんだ」
そうやって、
SNSを見る前に、
自分の心の声を少しだけ聞いてあげる。
それだけでも、
心の向きが少し変わります。
あの人の今を追いかける前に、
今の自分を見てあげる。
あの人がどうしているかより、
私は今、何が苦しいのか。
私は何を知りたくて見に行こうとしているのか。
私は本当は、
何を言ってほしかったのか。
そこに気づいてあげることが、
少しずつ手放していく一歩になるのだと思います。
SNSを見てしまった夜。
苦しくなって泣いてしまった夜。
相手が楽しそうに見えて、
自分だけ置いていかれた気がした夜。
そんな夜があっても大丈夫です。
その夜のあなたは、
弱かったのではありません。
まだ好きだっただけ。
まだ知りたかっただけ。
まだ心が追いついていなかっただけ。
でも、どうか忘れないでください。
SNSに映るあの人の生活だけが、
すべてではありません。
そして、あの人の今を知ることだけが、
あなたの心を救うわけでもありません。
あなたの心を少しずつ救っていくのは、
あの人の情報ではなく、
あなた自身を大切にする時間です。
今日は見てしまった。
それでもいい。
でも明日は、
見る前に一度だけ深呼吸してみる。
今日は傷ついてしまった。
それでもいい。
でもその後に、
あたたかい飲み物を飲んで、
自分を少し休ませてあげる。
そんな小さなことからでいいのです。
手放すことは、
一気に見ない自分になることではありません。
見てしまう自分に気づきながら、
少しずつ自分を傷つける時間を減らしていくこと。
あの人の今ではなく、
自分の今を大切にする時間を、
少しずつ増やしていくこと。
それが、
忘れられない恋を少しずつ手放していく道なのだと思います。
心葉(ここは)では、
忘れられない恋の気持ちを否定せずにお聞きしています。