明け方に耳栓をしながら泣いた理由

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今日の未明3時半。
私はベッドに座って泣いていた。

しかも耳栓をしながらだ。
これは決して騒音が辛かったからではない。

涙は全てへの感謝が溢れてのことだった。

此処の住まいは古い借家だが、四六時中頭が可笑しくなる程の浄化槽ポンプ音が鳴り響いている。(心臓にも響き、心身を蝕む不快さよ)

それもあって夜寝る時には毎晩欠かさず耳栓をするようになった。

耳栓はごく簡易的なもので、数年前に大阪の宿泊施設で無料で頂いたものを大切に今も使っている。

耳栓の副産物として、長年の煩わしい耳鳴りが逆に強調されるというのがある。こちらもまたキンキン鳴り響いて実に辛い。

ポンプ音と耳鳴り。
どちらを取るかだけのことで、結局真の静寂は得られない。

しかしポンプ音のほうは、春に此処を出るつもりだからオサラバは時間の問題であり、もうしばらくの辛抱だ。

そんな中昨日偶然目にした投稿で、稲福 薫氏の「耳鳴りは神」と出会えた。
稲福氏をこれまで存じ上げなかったが、この投稿に強い衝撃を受けた。

要するに耳鳴りこそが神であり、その出どころが無限からだという。

読めば読むほど深いところで納得がいき、これまで耳鳴りを避けて来た自分は一体何だったのかと猛省した。

自身の耳鳴りに氣づき始めたのは確か30年ほど前。
煩わしくなってきたのは、恐らく15年ほど前からだ。

サプリや漢方薬等色々やってみようとは考えたけれど、できるだけ氣にせず「今日もよく鳴ってるな~」くらいの感覚でやり過ごせば良いという何処かの情報を採用した。

その後耳鳴りは酷くなる一方で、今となっては人の声も聞き取りにくくなる迄になっている。

そこまで鳴りまくっているにも関わらず、私は15年前と変わらず知らん顔して「そういえば今日も元氣よく鳴ってるわ~」くらいな感覚で居たんだ。

だからこそ投稿を見た時の衝撃はデカく、「そうだったのか~!!」と叫びたくなった。

これまで散々無視してきた耳鳴りに改めて耳を傾けると、確かにこの世のものとは思えないほど高音であり、右からも左からもキンキンキンキン鳴り響いてる。

稲福氏は、有限の宇宙を超えた無限から来ていると説明されている。

私なりに解釈すれば、外は内で内は外なので、宇宙を超えた無限から届く耳鳴りとは、體が宇宙から受信している信号なのだと理解した。

昨夜はいつものように耳栓をし、それでも聞こえてくるポンプ音と、鳴り響く耳鳴りの両方を、敢えて聴きながら眠りについた。

明け方トイレに行った時、耳鳴りが左右の耳に加えて、背中からも聞こえてくることに氣づいた。

背骨を中心に背中から肩や後頭部全体を包み込むように聴こえて来たんだ。
そしたら、守られている感が半端なく湧いてきた。

「もう大丈夫だ、私はこんなにも守られてた」と深いところで腑に落ちた。
部屋に戻ってベッドに腰かけると涙が溢れた。

それはこれまで無視し続けてきた耳鳴りへの申し訳なさと、氣づかせてくれた稲福 薫氏、宇宙、ハイヤーセルフへの感謝、そして揺るがない絶対的な安心感が涙となって現れたのだと思う。

何十年にも渡って私に信号を送り続けてくれた耳鳴りさん。
(ここからはサン付けで呼ばせてもらうわ)

まだまだ無視の癖が抜けず意識しないとついつい聞き逃してしまうけど、日中も上手く耳栓を使うなどして、自身だけに送られてくる内なる信号に耳を傾けようと思う。
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今朝届いた自然栽培のお野菜
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この時期だけの自然栽培クレソンのサラダ(^^♪


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