悲惨な母娘が見せた一輪の花

悲惨な母娘が見せた一輪の花

記事
コラム

二階から響く謎の騒音

近隣トラブル。皆様は遭遇したことがありますか?
今回は、ご近所さん親子のお話です。

僕は今、安いアパートの一階で一人暮らしをしています。

そして2階の住人は母子家庭の二人暮らしです。

母親は40代くらいで、魔女宅のおそのさんに似ているのですが、目つきがすごく悪いです。
子供は可愛らしい女の子で、小学生一年生。目鼻立ちからして外国人とのハーフなのだと思います。

この親子がなかなか壮絶で、怒鳴り声と「どんどんどんどん」と地震のような振動と騒音が毎日のように響き渡ります。

このアパートに引っ越してきたときは「10人くらいで暮らしているのかと思うほどの音でした。」

昼ならまだ良いのですが、夜10時頃から深夜2時頃までの約4時間の間、床に足を叩きつけるような音と子供の泣き叫ぶ声が聞こえてくるのです。

窓や壁が揺れるほどの騒音、振動です。
それがほぼ毎日。


苦情

寝不足とストレスが溜まり、さすがに苦情を言いに行きました。
苦情と言っても、挨拶のようなもので「毎晩大変ですね、何かあったら言ってください」くらいのものです。

そのときは僕の気持ちを察してくれたのでしょう、しばらくは騒音は止みました。

ですが一週間ほど経ってまた元通り😅
ある夜のこと、ベッドで寝ていると、いつもよりも激しい音が天井を貫きました。
もうそれは天井に穴が開くんじゃないかと思うほどの。

「またか」と苛立つと同時に、これは虐待なのではないか?と頭によぎりました。
そして間も無く、僕は玄関を開け二階へ駆け上り、インターホンを押していました。

出てこないので、ドアを何度もノック。そして何度も「ごめんください」と呼びかけます。
お子さんを心配しての行為ですが、本心では普段の鬱憤を晴らしていたのだと思います。

2階の部屋は、さっきまであんなに騒がしかったのに、その時は静まり返っていました。

しつこいノックと僕の声だけが響きます。

するとドアの向こうから「なんですか!?」と怒鳴るような返事が返ってきました。

「すごい音がしましたけど何かありましたか?」

すると「オタガイサマデショ」の一言。

もう僕は怒り心頭です。

「は?お互い様?僕はどんな迷惑をかけていますか?ていうか、虐待してますよね、娘さんのこと」

そう僕がいうと態度が豹変しました。

いつも上から聞こえてくる怒鳴り声が僕に向かって飛んできます。

「気持ちわりーんだよ!てめーはなんなんだよ!消えろよ!気持ちわりー!」

そんな言葉を昔のヤンキーのような口調で浴びせてきます。

僕はもうキレていました。

ですがこれ以上ことを荒立てると事件になることも理解していたので、おとなしく一階へ降りました。

その晩は寝れるはずもなく、ずっと興奮状態。 虐待をしているとしたらどんなところへ相談するべきなのだろうか、とかスマホで検索している間に朝になってしましました。

こう聞くと、僕は子供思いの良い奴に聞こえるかもしれませんが、正直、虐待を種にしてこの親をどうわからせてやるか、くらいにしか思っていなかったと思います。

そして、実際には騒音や鳴き声はすごいものの、「虐待」をしている様子は伺えなかったです。


子供の将来

それからというもの、夜中の騒音はだいぶ改善されました。
2階の母親は素行が悪いだけで、理解はしてくれたのだとホッとしました。
あくまでも「改善」ですが😭

育つ環境によって子供の未来は変わっていきます。

親と子の関係、教育や食生活の違いでしょうが、それらは経済力や親の育った環境に依存するのだと思います。

ゴミの日に置かれている、2階の住人が捨てたであろう袋には、カップ麺のゴミでいっぱいです。
 まともに学校に行っている様子もありません。 また、怒鳴り声や泣き叫ぶ声が響く毎日。

この子供の将来は不幸なものだと確信しています。

敗北感

昨日、仕事が早く終わり家に帰っているときの出来事です。
もう少しでアパートに着くというところで、2階の親子の姿が遠目に確認できました。

親子は手を繋ぎ、子供は幸せそうに母親と歩いているのです。
母親の表情も、いつも罵声をあげているとは思えないような優しい表情でした。

僕は混乱しました。

確実に不幸であるはずなのに、そこにはどう見ても和やかな親子の愛が見えたからです。

同時に僕は「負けた」という感情が生まれました。

僕は今までこの親子に対して、一般的な物差しで比較して、見下していたことに気づき、情けなくなりました。

人に迷惑をかけようが、カップ麺で食事を済ませようが、しっかりと親子として生きているのだと。

僕がホームレスになったのも世間の偏った価値観に嫌気がさしていたからではないか。不格好で、人には誇れないが、自分なりに生きてきたはず。

それなのに今では分かったふうになり、勝手な理想の親子像を持ち出して、この子供の将来を不幸だと決めつけていた。

自分の価値観がいつの間にか偏っていたことに気がつきました。

僕なんかより、この親子の方が生きることに向き合っているのだと。


傍観者から発信者へ

とは言っても、しっかりとした教育が必要なのは事実です。

話が通じない、社会の利益にならない。そんな世間が煙たがる人間はたくさんいます。 ですが、本当に救われるべきはこんな親子なんだと思います。

昨今、SNSが発展して、誰しもが価値ある情報を手にできる時代になっています。

どんな人でも変われるきっかけが、チャンスがあるのです。

これは奢りかもしれませんが、そうあってほしい。

だから僕は、傍観者ではなく発信者として生きていかなければならないと実感しました。

人を評価したり、変えようなんていう希望は持たず、何かのきっかけを生み出す人間になりたいと今はそう思います。

そしてもっとお金を稼いで、「もう少し静かな場所に引っ越す」と心に決めました。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら