逃げてばかりの僕が「自己肯定感」を上げない理由。

逃げてばかりの僕が「自己肯定感」を上げない理由。

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人の感情は、本当に扱いが難しいものです。

誰かに認められるかどうかで、心の状況や幸福感が変わってしまう。

「自己肯定感を高めよう」「自分で自分を認めよう」とよく言われますが、果たしてそれだけで克服できるものなのか。

正直そう思いませんか?

そもそも、自分で自分を認めてしまったら、成長するための理由がなくなってしまうのではないか。

自己肯定感を上げることが正しいのかどうかも、考え始めるとわからなくなってきます。

僕自身は、正直、自己肯定感は低い方だと思っています。

不器用で、仕事も中途半端で、お客様に心から満足してもらえているかなんて自信が持てません。

若い頃、社会に出たばかりの僕は、いわゆる要領が悪く、仕事のできない人間でした。

叱られることが多く、嫌味も言われ、時には鬱っぽくなったりもして。

当然ですよ。若い頃の僕は社会(人、物事)をなめていました。

特に努力もせず、特技もないし、何かに没頭することもなく、逃げてばかりの青年期。

誰にも文句を言われたくないと考え、楽して金儲けに走ってホームレス。

「なんか良いこと起こらないかな?」と思っているうちに、

気づけばただのいい年をした「おじさん」になってしまっている。

そうしているうちに、ネット社会が発展し、たくさんの優秀な人がそれぞれのスキルを活かして活躍できる場がどんどん広がっているのを目にします。

画面越しに、そんな輝いてる人たちを見るたびに、「ああ、僕は何もしてこなかったなぁ」と悔しさと虚しさが込み上げてくる。

それでも「今からでも遅くない」と、自分に言い聞かせ、こうして文章を書いているわけです。

そして、自分にも何かできることがあるんじゃないかと探した末に見つけた一つが「悩み相談」でした。

この自己肯定感の低い僕に何ができるのか? と思われるかもしれませんが、でもやりたいんです。

カウンセラーの資格も経験もない僕が、「人の悩みを聞きたい」なんて言うと、プロの人からすればふざけていると思われるかもしれない。

でも、そんな僕だからこその視点で、誰かの役に立てるのではないかと思うのです。

もちろん、お金を稼いで、生活レベルを上げて、自己評価を少しでも上げてみたいという打算的な思いが半分あります。

もう半分は、この仕事を通して、たくさんの人と交流をして、自分の「生き方」を見つけられるかもしれないという希望です。

現状、僕には「悔しい」という感情がある。

それは間違いありません。これまで何に関心も持たずダラダラと過ごしてきたけれど、この悔しさと向き合いたいのです。

「人のため?」と聞かれると、正直に言えば、僕はまだそんな崇高な感性は持っていません。

むしろ自分のためです。

そして「自分が自分を許せるか」と問われたら、はっきりとNOと答えるでしょう。

↑宮崎駿さんの言葉🤭

どこかで自分を許してしまったら、チャレンジするきっかけがなくなってしまいます。

誰しも、劣等感は持っているでしょう。

でもそれは不幸の素ではなく、希望の種です。

「自己肯定感」は低くても良いのではないでしょうか。

だからこそ、今のままの自己肯定感の低さを抱えたまま、チャレンジし続けようと決めました。

不格好に、泥臭く生きていきます。

まとまりのない内容ですが、僕の正直な思いを綴りました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます✨



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