こんにちは。岩野です
少し暗い話ですが、
普段、練習でデッサンや油画などを描いたり、趣味のイラストを描いたり、ありがたいことに実際に依頼をいただいて絵を描く私ですが、絵を描いてて辛いなーって実感することがたまにあります。
どれだけの年数、熱心に描いていても勉強不足であること
年数と言っても、巨匠などに比べたら本当ちっぽけなものであることは百も承知ですが…
自分の中で他の物事と比べて本気でやった年数が長いものに、まだまだしらないことがあったんだと感じると 「今までなにやってたんやろなー」とやるせない気持ちになります
加えて、新たに学ぶべきものが今の自分にとって理解できないものとなると、「こんなに本気でやってるのにわからないんだ笑」と自分で自分を卑下し、自分で勝手に、本気で悔しくなります。
一番落ち込んでいるとき 絵描くの向いてないなと思った時が何度かあり、一度、諦めようか、どうしようか… 悩んでたときがありました。
恩師に聴きました。
「どんな人が画家になれるんですか?」
恩師は
「うーん、なんやろなぁ。まぁいっぱいあるやろうけど、
俺はいい画家になれると思ってた人が、ギリギリのところで絵を描くのをやめてしまったのを何度も見てきたから、
俺はあきらめない人が成れるもんだと思ってる。」
と言っていました。
他の人にとっては、
諦めない人とか綺麗ごとかもしれません。
恩師のことを知らない人にとっては、でたらめ言って、慰めてるように思うだけかもしれないです。
他の人からしたら絵を職業にするなんて馬鹿らしいと思います。
実際、親に
「お前のはガキが描く‘‘おえかき‘‘だからそんなのやめとけよ」
と嫌味ったらしく言われました。
(ここは読まなくていい話ですが、
絵を馬鹿にされたのが嫌で嫌でたまらなくて
「絵馬鹿にするのやめて」
と私が言っても、
あの人は何度も何度もへらへらしながら言っていました。
私は言われる度、泣きそうになりながらも泣いたら負けだ!と思い喉を痛くして我慢しましたが
そういうことをするのが好きなあの人にとっては、冗談のつもりだったかもしれません。
絵を描き続けているのは、そういうことを言う人に「絶対見返してやる」と悔しさをバネにできたのもあるかもしれません。)
でもそういった嫌なことが起きるたび恩師の言った言葉が頭に浮かびます。
何度も何度も何度も、数えようがないくらい恩師のその言葉に救われたと感じます。
私は恩師のことは一番尊敬しており、信頼しています。
だから今も諦めず、筆を折らず、その言葉を信じて必死にしがみついて描いています。
恩師にとって私自身が「いい画家になれそうな人」だと思っているのかどうなのかわかりません。
たくさんの生徒をもつ恩師は、もしかしたら私のことを忘れているかもしれません。
会いに行く勇気がなく、見せる顔もないし…全く会いに行ってないのだから忘れていても仕方がないです。
重いかもしれませんが、恩師は私にとって第二の親です。私を生かしてくれた人だと本気で思います。だから恩師の言葉に従って生きています。
画家になりたいのはもちろんなのですが、
私は教えるのが苦手なので、恩師のように絵教室を開き、なにか教えることはできないのですが、
私は恩師のような人間性になりたいとも本気で思っています。
さぁ、だいぶポエマーになったところで今回は終わろうと思います。
後からこれを見たら自分で恥ずかしくなるかもしれませんが、大事に思っている人に感謝を伝えることはそれこそ大事だと思いますので、ここのブログに書き連ねておきます。
見せる顔もないのに今恩師に見つけられたら終わりますが…汗
岩野