魂の声に「パチンコ行って」と言われて5万円

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占い
私が「導き」というものを、はっきり意識するようになったのは、
小学2年生の時に遭った交通事故がキッカケでした。

もともと私は、子どもの頃から「何でも自分で決めたい」タイプ。
心のどこかで何かを感じ取っていても、
「気のせいだよね」と、
その声を無視して生きてきました。

ところが
無視した後、決まって判明するのです。
「あ…これのことだったんだ」と。

しかも不思議なことに、
後になって、自分にとって少しつらい出来事が起きる💦
私はそれを、勝手に「天罰」と呼んでいました。
たぶん、「ちゃんと気づきなさい」「立ち止まりなさい」
そんなメッセージだったのでしょう。

今にして思えば、ずいぶん失礼な態度でした。
あの頃の自分に、ちょっとだけ謝りたい気持ちです。

さすがに、そんなことが何十回も続くと、
人は少しずつ学びます。
「もしかして、逆らわないほうがいいのかも」
「後で怒られるくらいなら、素直に聞いてみよう」

そうして私は、
「導きに従う人間」へと、静かに育っていきました。

今日は、そんな中でも、
自分でも ちょっと笑ってしまった出来事をひとつ、ご紹介します。

その日の朝から、なぜかずっと
「パチンコに行く」という感覚が、頭にありました。

え? パチンコ?

自分でも、内心は かなり戸惑っていました。

一日中、仕事をしながらも、
ふとした瞬間に、また「パチンコ」のお店の画像が浮かびます。
何度も、何度も。

これを無視して、またあとでイヤな目にあうのもなあ…

そう思った私は、観念して、帰り道にあるパチンコ屋さんへ入ることにしました。

頭を空っぽにして、店内をふらふら歩いていると、
ある一台の前で、ふと足が止まります。

「あ、この席ね。」

そう思い、その台に座って、1000円を投入。

すると、すぐにリーチがかかり、あっさりとアタリ

まずは心の中で「ありがとうございます」と、お礼を一言。

「導き」で来店しているせいか、
若い頃のような「当たったー!」という高揚感は、全くありません。

ただ、静かに、淡々と、流れに身を任せてアタリを消化していく感覚。

確変に入っても、
「あ、まだ続くのね」と、また淡々と。

時短が終わったところで、
「では、そろそろ おいとましましょうか。ありがとうございました。」
そう心の中でお礼を述べて、席を立ちました。

すると、私が離れた瞬間、
周囲の人たちが、我先にと その台へ駆け寄ってきたのです。

「まだ、あの台は出る」と判断されたのでしょうね。

私は内心、「みんな、がんばれ!」と、
こっそり拳を握りしめて応援しながら、お店を後にしました。

その日の勝ち分は、5万円。
半分は寄付に、残り半分は貯金へ。

自分の労働で得たお金ではない時は、
私はいつも、こうしてお金の“行き先”を整えるようにしています。

考えてみれば、
パチンコなんて、もう20年以上、縁のない世界でした。

もしかしたら
私の魂が、たまには「遊びたかった」だけなのかもしれません。

魂さん、
ご満喫いただけましたでしょうか。
うふふ。

そう考えると、
「占いが当たるなら、占い師は宝くじで金持ちになってるんじゃないの?」
って、思いますね。

そのお話は、また今度♪

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