あるのか、ないのかも分からなかった場所で

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こんにちは、ほんわかです。

今日は、胸の奥にしまってきた
私自身の話を書きます。

私は、ただ息子と生きてきた

あの頃の私は、
何が正解かも分からず、
ただ息子と一緒に、日々を重ねていました。

「ちゃんとできていない母」
そんなふうに思い続けていたけれど、
本当は、ただ必死に生きていただけだったのかもしれません。

不安の始まりは、生まれた瞬間から

息子は、極小未熟児で生まれました。

入院中からドクターに
「〇〇かもしれない」
「△△の可能性もあります」
そんな話をいくつも聞きました。

そのたびに、
胸の奥が、静かに崩れていくような感覚がありました。

支援があるのかどうかも、分からなかった

健診で心配なことを伝えても、
返ってくるのは
「もう少し様子を見ましょう」。

そして、小学校までは経過観察だけで、
具体的な支援にはひとつもつながれませんでした。

地域の保健師さんも、かかりつけ医もいました。

話を聞いてくれる友だちもいました。

でも、
専門的に、そして気軽に不安を聞ける人はいなかった。

私は、
支援が「ある」「ない」以前に、
何を頼っていいのかさえ分からなかったんです。

私の不安を、息子は背負っていた

私はいつも、不安でした。
その不安は、きっと言葉にしなくても
息子に伝わっていました。

私の顔を見て、
気をつかって、
小さな体で、静かにがんばっていたんです。

「何もできなかった」という思い込み

私はずっと、
「頼りない母でごめんね」
「何もできずにごめんなさい」
そう、心の中で謝り続けてきました。

でも今、ひとつだけ分かることがあります。

あの時間は、
「できなかった」じゃなく、
迷いながら生きていた時間でした。

それでも一緒に生きてきた

答えのない中で、
それでも私は、息子と一緒に生きてきました。
それが、私の育児でした。

この文章が、
同じように迷いながら子どもと向き合っている誰かの心に、
そっと触れたらうれしいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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