物心ついた時から母子家庭で育った私は小学三年生の時から不登校になりました。まだ昭和だったころの話です。
不登校になった理由を端的に言えば、クラスメイトと上手に付き合うことができなかったからです。
今思うと非常に未熟だった私は他の子たちとの距離をまったく掴めておらず、「まああれでは友達できないよね」と自分を振り返っています。(みなさんのお子さんがそうだということではありません)
私がいかにダメダメな子であったかはここでは割愛しますが、まあヒドいものでした。
詳細はまた機会があれば語らせていただければ…。「うちの子はこの人と比べればまだ大丈夫」と思われるに違いありません。
ひとつエピソードをあげると小学校、中学校の出席日数は年間30~50日(それも早退、遅刻して)といったところで、中二の時に受けたア・テストの英語は50点満点で2点でした。選択式の問題もあるのに「逆にすごい」と言われました。
私の母親は気性の起伏の激しい人で、優しさと怒りの感情をうまくコントロールできない人でした。
今考えると40年前の日本社会で女手一つで子供を育てるのには「普通の人」であることを捨てなければならなかったのでしょう。
不登校になった私に激しく怒り、当時の私の大切なもの(ファミコンソフトやビックリマンシールなど)を家の前の道にぶん投げられて壊されたり、バケツで水をかけられたり、家を追い出されて2日くらい近所を放浪させられる、などということもありました。
しかし小学5年生になるころには母も腹をくくったのか私に学校に行かせるより自宅で勉強と家事をするように求めるようになってきました。
率直に申し上げますが、私は母親に対しては(私が21歳の時に)亡くなるまで彼女を信頼することはできませんでした。
しかし、今思えば、彼女が私の事で心がいっぱいであった事は分かります。
貧しくて仕方なかった生活の中でごくたまに回転寿司に連れて行ってくれましたし、(だいたい数か月で破壊されましたが)ファミコンソフトなど買い与えてくれました。他人からすればつまらないことでしたが、私の生きる希望でした。
その母のいびつな愛情は私を内向的で人の顔色をうかがって生きる人間にしましたが、同時に素直に人の言う事を聞く人間に育てたのだと思います。
絶対に高校などなじめないと分かっていた私は15歳でイヤイヤ就職する事になりましたが、そこで出会えた大人達と母親が亡くなった後に親しくなった叔父家族との出会いが私を変えました。
学校に行かなかった人間は「社会性に乏しくなる」と思われるかもしれませんが、子供ながらに自分がそんな人間であることはちゃんと分かっていましたので、自分に対して優しさを向けてくれる人に感謝することはできました。
まわりにいる大人達はただ一点、「素直である」というところをとても可愛がってくださいました。その他のダメダメなところはむしろ可愛らしく見えたのではないでしょうか?
若い頃は仕事でも失敗の連続でしたが、母の代わりに「新しい家族」となってくれた叔父家族はいつでも私に対して「無条件の味方」になってくれました。
どれだけ仕事で失敗しても、失望などおくびにも出さず、できたことや取り組んだ努力に「すごいね」「えらいね」「大したもんだ」といつも言ってくれました。
だんだんと自信を付けてきた私は仕事でも自信を持てるようになり、「中卒で無知で才能がない自分」が「普通に生きてきた人」に勝てることに気付き、むしろ弱みが強みと感じるようになりました。
「負けるのは当然」なのに「努力すると成果が出せる」ことに気を良くした私は仕事も必要な勉強も前向きに取り組むことができました。
たとえば文章が書けないなら文章が上手い人の真似をしました。一番になれなくても別に良くて、むしろ「大卒なのに大した文章が書けない人」より良いものが書けた、それで褒められようものなら大喜びでもっと勉強する、といった調子でした。
今は私は一部上場の企業に就職し、多くの部下を指導する機会にも恵まれ、新しいチャレンジに勤しむ事に喜びを感じ、(結婚はしていませんが)生涯一緒に過ごしたいと思えるパートナーがいます。
本当に幸せに生きています。
…私は特異な例外だったとお感じになるでしょうか。
しかし、無責任ですが確信を込めて言わせて頂きます。
昭和の頃に不登校でダメダメだった自分が幸せになれたのに、みなさんのお子さんが幸せになれないなどということは絶対にありません。
他人との交流がなくてコミュニケーション能力が身に着かないとご心配でしょうか?
大丈夫です、コミュニケーション能力など、大人になってからいくらでも身に着きます。人との関わりでしか人は幸せになれないので、大人になってから自分の為にコミュ力など普通に磨きます。
むしろ、人との表面上の付き合いが上手くても「自分との向き合い方」が分からない人が大勢います。
あなたのお子さんは若い時にこそ磨くべき「自分との向き合い方」を磨いているのです。
控えめに言ってこれはアドバンテージです。
勉強できないと社会で通用しない人間になってしまうのでは?とご心配でしょうか?
大丈夫です、勉強など社会に出てからいくらでもできます。(すべてとはいいませんが)多くの人は社会に出てからは「どう要領よく生きていくか」考えるのに夢中で、進歩する為の勉強や自己啓発に興味がありません。
「ありのままの自分」を受け入れてくれないことに怒る人は非常に多いです。
しかし、社会に出てから「できない自分」を知ったあなたのお子さんはそういう人たちをグングン抜いていきます。その時にどうかお子さんの努力を喜び、惜しみなく褒めてあげて下さい。
お子さんがのんきにしているのを見て心から心配になられますか?
子供は子供なりに「このままではいけない」と十分わかっています。ただ目の前の現実にどう対処すればいいのか分からないだけです。毎日YouTubeを見たりゲームだけして過ごしているのを見るのはさぞご心配でしょう。
しかし、「その生活を続けても幸せになれない」ということをあなたのお子さんは今、学んでいるのです。
きっとびっくりするような小さなきっかけであなたのお子さんは変わります。親のみなさんが見ている以上に「自分はどういう人間で、どうすれば幸せになれるのか」を考えています。自分と向き合っているのです。
このまま働くのが嫌でニートになってしまうのでは?とご心配でしょうか?
厳しいことを言いますが、それは不登校など関係なく、一人の人として「どうやって働き、生きていくか」ということは本人が直面し、乗り越えなければならない問題です。それに対して親ができることは多くはないと思っています。どうか「無条件の味方」になって差し上げて下さい。
ご自分の心がいっぱいで子供に厳しくしてしまい、自己嫌悪に陥ったりされていますか?
大丈夫です、(おそらく)私の母親ほどではないでしょう。(正直ここでは書けないエピソードも山とあります)少なくとも私の母親は「尊敬できる人」とは言えませんでしたが、それでも感謝しております。
今でも夢に母親が出てくると基本的に悪夢になります…がそれでも「毒親に育てられた」とは言いたくありません。
大人になって彼女の苦しみや葛藤も分かるからです。彼女は私に人生をかけました。
きっとあなたのお子さんも分かってくれるでしょう。
私の人生の大きな転機は就職先の優しい大人達と叔父家族との出会いでした。
彼らは私を可愛がり、味方になってくれ、私に自信を与え続けてくれました。
みなさんのお子さんにそういう出会いはあるでしょうか?
なければ親であるあなたご自身がそのような「味方」になってあげれば良いのです。
信頼できる不登校サポートの専門家を頼るのもいいでしょう。
長文お読みいただきありがとうございます。
不登校のお子さんを現在育てておられる親のみなさんに対して少しでも元気になっていただければと思いブログを投稿させて頂きました。
どうか頑張っておられるご自分のことも褒めてあげて下さいね。
…すみませんが最後に宣伝させて下さい。
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