「俺だって頑張ってる」そう思っていた私が、妻の大変さに気づくまで

「俺だって頑張ってる」そう思っていた私が、妻の大変さに気づくまで

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学び
「もっと家庭のことも考えて」

以前、妻からそんなことを言われたことがあります。

ですが当時の私は、その言葉を素直に受け止めることができませんでした。

「私がどれだけ仕事を頑張っているか、知ってるよね?」

そう思っていたからです。

妻と私は、同じ職場で働いていました。

私の立場も、所属している部署がどれだけ大変なのかも知っている。

だからこそ、

「妻なら分かってくれている」

そう思い込んでいたんです。

でも、今になって考えてみると、おかしな話ですよね。

自分の大変さは「理解してほしい」と思っているのに、

私は妻の大変さを理解しようとしていなかったのですから。

【仕事を頑張る理由】


当時の職場は、かなり大変な環境でした。

後輩たちから、

「仕事がきついです」

「もう辞めたいです」

そんな言葉を聞くことも少なくありませんでした。

私は、それが何よりつらかったんです。

一緒に働いている後輩たちには、できれば楽しく仕事をしてほしい。

辞めずに、一緒に頑張ってほしい。

そんな思いがありました。

だから忙しい中でも飲みに行ったり、話を聞いたり、

「どうすれば少しでも働きやすくなるだろう」

「どうすれば、この仕事を楽しいと思ってもらえるだろう」

と考えながら、自分なりに奮闘していました。

だから妻から、

「もう少し家のことを優先してほしい」

と言われても、

「俺がどれだけ頑張ってるのか、知ってるじゃん」

という気持ちを、どうしても拭えなかったんです。

昔のように遊んでいるわけではない。

仕事を頑張っている。

家族を養うために働いている。

私は私なりに、家族に対する責任を果たしているつもりでした。

【夫は仕事、妻は家庭】


当時の私には、

夫は仕事をして稼ぐ。
妻は家事と子育てをする。

そんな価値観もありました。

この「役割」については、妻も似たように考えていたのだと思います。

ただ、夫婦でしっかり話し合って決めたわけではありません。

「夫婦って、なんとなくそういうものだろう」

その程度のものです。

結婚した時に、

「家事はこう分担しよう」

「子育てはこうしよう」

と具体的に決めていたわけでもありませんでした。

だからこそ問題だったのは、

妻がその役割を背負うことに疲れてしまった時、私はどうしていたのか?

ということです。

妻が家事や子育てでいっぱいいっぱいになっていても、

「俺だって仕事が大変でも頑張ってるんだから、そこは踏ん張ってよ」

そんなふうに思っていました。

でも、自分の仕事が大変な時には、

「妻には分かってほしい」

と思っていたんですよね。

ずいぶん都合のいい話です。

【後輩には寄り添えたのに、妻には……】


後輩から、

「仕事がきつい」

「もう辞めたい」

と言われれば、私は何とかしてあげたいと思っていました。

話を聞く。

飲みに行く。

どうすれば少しでも楽しく働けるか、一緒に考える。

「もっと頑張れよ」

ではなく、

「どうしたら、この仕事に誇りを持って楽しく働けるだろう」

と考えていたんです。

ところが、一番近くにいる妻が苦しくなった時には、

「もう少し踏ん張ってよ」

と思っていた。

今振り返ると、この矛盾はとても大きかったと思います。

他人のつらさには寄り添おうとしていたのに、

一番近くにいる妻のつらさには、寄り添えていなかったんです。

【相手のことを、相手以上に考える】


その後、私は転職し、新しい職場でさまざまな考え方を学びました。

その中でも、特に印象に残っている考え方があります。

お客様を満足させたい。

感動してもらいたい。

幸せな気持ちになってもらいたい。

そのためには、

「相手のことを、相手以上に考える」

ということ。

大切なのは、

「自分がどれだけ頑張ったか」

ではありません。

相手は何を求めているのか。

何に困っているのか。

何をされたらうれしいのか。

時には、相手自身もまだ気づいていないことまで想像してみる。

仕事で学んだこの考え方は、

「これって、夫婦も同じなんじゃないか?」

と思うようになりました。

そして、改めて自分に問いかけました。

そもそも私は、妻のことを本当に考えていただろうか?

家事をする妻。

子どもの世話をする妻。

毎日、目の前にあった光景です。

それなのに私は、

見ているようで、何も見ていなかった。

妻が何を感じているのか。

何に疲れているのか。

理解しようとしていなかったんです。

【父を見て、自分にも同じ部分があると気づいた】


もうひとつ、私の考え方に大きな影響を与えたのが、父と母の姿でした。

私の父は、いわゆるゴリゴリの亭主関白です。

そんな父の言動に傷つき、母が涙を流している姿を見たことがあります。

相手がどう感じるかではなく、

自分の考えや主張を押し通す。

その姿を見ながら、

「この考え方は、人を傷つけるんだ」

と感じました。

そして、気づいたんです。

言い方や程度は違っても、

私の中にも似たような考え方があったことに。

夫は仕事。

妻は家庭。

俺だって大変なんだから、そっちも頑張って。

父とまったく同じではありません。

でも、

「自分の大変さを基準にして、相手にも頑張ることを求める」

という部分では、どこか似ていたのかもしれません。

そこで私は、改めて考えるようになりました。

夫婦って、何なんだろう。

【私が思う夫婦】


私は今でも、

「夫婦なんだから、何でも半分ずつやらなければいけない」

とは思っていません。

得意なことも違います。

できることも違います。

夫婦の中での役割だって違っていい。

価値観も、すべて同じである必要はないと思っています。

ただ、

同じ方向を向いていること。

これは大切なんじゃないかと思っています。

私の中では、こんなイメージです。

二人で同じ方向を向いて歩いている。

そして、お互いの背中にそっと手を添えている。

普段は、それぞれ自分の足で歩いていく。

でも、どちらかが少し疲れた時には、

もう一人がそっと背中に手を添える。

無理やり引っ張るわけでもない。

代わりにすべてを背負うわけでもない。

ただ、

「ちゃんとここにいるよ」

と伝えるように、そっと支える。

私にとって夫婦とは、そんな関係なのかもしれません。

当時の私は、

「俺だって大変なんだよ」

と思っていました。

でも、本当に必要だったのは、

どちらのほうが大変なのかを比べることではなかった。

ただ、

「あなたも大変だよね」

と言えればよかったんだと思います。

もし今、

「私だって、こんなに頑張っているのに」

とパートナーに対して感じている人がいたら、

一度だけ、こんなふうに考えてみてほしいです。

「私は、相手の大変さをどれくらい分かろうとしているだろう?」

相手と同じ価値観になる必要はありません。

すべてを理解することだって、きっと難しい。

ただ、

同じ方向を向いて歩いている人が少し疲れていたら、

そっと背中に手を添えてあげる。

それだけでも、

夫婦から見える景色は、少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

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