地下とはなにか、調べてみると以下のとおりでした
心理学における「地下」は、
物理的な場所だけでなく、意識下の領域や抑圧された感情・無意識の世界、あるいは閉鎖性やストレス、避難場所といった心理的・環境的側面を指します。
フンフン、なるほど!
よく感じることが大切 と言われます
感じるってなんでしょう?
怒り、悲しみ、うれしい、たのしい、くやしい、うらやましい
いろいろあるとは思いますが
そもそも、この感情を感じるということが、自分自身で何かを決める、選ぶということにつながっているそうです
つまり、感じることができないということは自分で決められないということ
冷静に考えたらおそろしいですね?
自分の人生なのに、自分で決められないって・・・
自分の人生を自分で生きている感覚がないということでしょうか
常日頃から感情を感じよう!と言われて
感じてるよね。感じてない人っているの?何も感じていないわけないし
そう思うかもしれません
私も感じていると思ってきました
感じていないなんて、考えたこともありませんでした
でも今分かるのは、感じたことを一瞬でなかったことにしている自分がいるということ
例えば、会いたくない人に会った
この瞬間、本当は「嫌だ」「大嫌いな人に会ってしまった」「本当に嫌だ」「なんで会っちゃうのかな」「顔もみたくないし、こっちをみてほしくもない」「ほんとに嫌い」
おそらくいろいろ感じたとしても、
「はい、私は大丈夫」
「何も感じていません」
「わたしは完璧だから」
「弱くないし」
「逃げないし」
「ただ、この人に会っても何も感じない私になりました~」って
もはや感情の否定・・
でも普段何げなくやっていました
ショックな出来事、モヤモヤしたり、ささいなことです
日常で私達が感じることというのは、こうしたささいなことの繰り返しで
でも、時間がないから
面倒くさいし
疲れるからという理由で流され
まずは無視した自分に気づくようになりました
そこからです
ここからが大事
これもメンターから教えていただいたことですが、一体全体、それによって
「自分は何をされたと感じたのか」ということです
つまり、私の場合
「また、自分が傷つけられると思った」「こわい思いをすると思った」・・・などなど
ここまで見れるようになるとGOOD!
何がいいかって、本質がみえるうえ、否定しなくなるからです
なぜ、会いたくないのか
表面的なところではなく、会いたくないはっきりとした理由が自分のなかにある
これを知ることで、自分の感情を大切にできるようになります
いままで私はこうした自分を否定してきました
人が嫌いな私はダメだな
人数が多ければおおいほど、私は嫌いな人が多いダメ認定を受けるような感覚
だから、嫌いな人は少ないほうがいい
嫌いな人が多い人間はダメな人間なんですよ~と言っているようなものでした
ですがこれは事実ですか?
これは単に自分の思い込みでは?
嫌いなひと、そりゃ少ない方がいいですよ
何がいいかって、そのほうが気持ちがらくだし、嫌な思いしなくていいし
でも、それと自分がダメな人間であるということは別ですね
なんでいつのまにかそこを同一視している?
こんなことをずっとやってきたし、おそらく今もやっていると思います
でももう、頭が疲れてしまうので
自分の感情をちゃんとみます、認めます、否定しませ~ん
こうしたことをくり返してより、自分のことが好きになれるといいなぁと思っています
人それぞれ求めていることは違うでしょう
私がいま、求めていることはコレ!です
やっていて楽しい
自分が楽しければそれでいいのです
幸せの形はそれぞれ、そう思います
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました(*^-^*)