短編連作『かぐや姫』より
ー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。
この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。
第6話『形合わせ』
まだまだ器用に動かないぷっくりの指が、星形を星形の穴に通すと、目をキラキラ輝かせる。
幼い子供は、どれとどれが同じかを早く見つける遊びに夢中になる。
「同じものは、合う。」
積み木で形合わせをしていた、あの最初の正解のときからずっと、それが正しさだと学びつづけてきたんだと思う。この世界で上手く生きていくために、幼稚園でも学校でも、私たちは同じという名の合うものを探す旅に出たんだと。
やがて、私たちは周りにぴったりな自分を見つけることが上手になる。それがどんどん上手になると、気付いた時には、本来の自分の形に合うものを見つけることは、ほぼ不可能になっている。だって自分が星形だったことなんてもう覚えていないから。
そのまま恋をしてみても、好きになってくれる人は、私が見ている形ではなくて、好きになった人は、私の形じゃない。だからって、憧れは合う形にはなってくれないと気付けないから、ますますパズルは難解になっていく。
この大がかりな形合わせも、大迷路みたいに高台に上って俯瞰して眺めてみないといけないのに、パズルに必死になって近目になるから完成には向かえない。
それでも人生には、図らずもリセットのタイミングを持つことがある。
父は、私が21歳の時に他界した。あまりに急な出来事に、私の思考も心の整理も追いつかず、その当時1、2年の記憶があまりない。私は何も考えなくて済むように本ばかりを読みふけり、ぐちゃぐちゃになった頭の中で、新しい正解を何とか見出そうとしていたみたいだった。
ただただ毎日、明日が来るように、その日その日を淡々と生活する中で、私自身との時間が増えたことで、自分の形が思い出せてきたみたいだった。
そんなある日、本ばかり読みすぎて、よんだパンダを携帯にぶら下げていた私に、同じものを持っていた人が話しかけてきた。浮世離れした風貌のその男性は、興味深そうに私と会話を繰り返すうちに、私の恋人になっていた。中学生の頃から、私を好きになる人の主流じゃない雰囲気を受け入れられなかった私は初めて、その変わった感じの人の好意を受け入れてみた。そして、受け入れてみた私は目を輝かせて彼に夢中になっていった。あの星形を星形の穴に入れられた幼子のように。思い出した。ぴったり合うは、正しいんだと。
私たちは成長する。子供の靴が、すぐ大きくなって足に合わなくなるみたいに。時の経過とともに、私の星型は、彼のものと、ほんの少しずつずれ始める。気付かない程にちょっとずつ。六年は、私が変わるのには十分だった。風変りは風貌だけではなかった彼は、あまり結婚には向いていないのは分かっていた。それでもぴったり合うが正解なら、同じに形を変え合うのかとも思っていた。それでも彼の決断は違った。私は記憶もないほど、涙を流し続けた。
心が自分ではどうしようもないほど傷ついた時に、時間が癒してくれるのは、今回もそうだった。どんなに辛くても、いつかは涙も止まる。そして、その間も人生は進んでいる。
そんなある日、私はぴったり合うとは違う信号に反応した。どうせいつか子供の靴みたいに形も大きさも変わってしまうなら、自分が合わせるのがいいと思ったし、合わせたいと思う幸せを感じていた。同じだと思えるところが見つからなくても、同じに寄せればいい。あの頃の私は、それが愛と呼ばれるもので、夫婦になることなんだと思っていた。 その心惹かれた違う形に合わせられる喜びに、私は夢中だった。
家族になって子供もできれば、益々いろんな形に囲まれていく。もう何が何か分からなくなりながら、忙しさに目を回しているうちに、私は、星形だったことすら忘れて、形合わせという努力を放棄するほどになっていった。
子供に手がかからなくなって、考える時間ができた時には、原形を忘れ去ってしまった私は、もう合わせる術を持ってなかった。もはやそれを見過ごすことがお互いにとっての礼儀のようにすら思えた。
子供の靴のサイズが変わっても誰も腹を立てたりしない。夫婦の形が合わなくなったと伝えることは果たして許されるのかと問うてみる。そして、合わなくなったと伝える前に、自分の形をちゃんと取り戻すために、自分の中にもぐってみる。
どんな星形になったのか、探りながらふと思う。別に枠は必要なかったのかもしれないと。
形合わせは、私が私になるまでの勉強だったんだから。
天羽詞鏡
2026.08.06