よっちゃんの生い立ち その2

よっちゃんの生い立ち その2

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前回に続き、私の生い立ちをかいつまんでお話したいと思います。

大学に入って

子供の頃から、外国語のエキゾチックな響きに魅せられて、
NHKの語学講座をみていたこともあり、
大学は外国語の大学に一発で合格することができました。

高校の時に、ハングルを勉強する講座に通っていて、
とっつきやすい言葉だなあと思い、専攻を朝鮮語にしました。
しかし、朝鮮語を勉強すると、どうしても
両国間の悲しい歴史に踏み込む必要がありました。

大学二年の夏休みに韓国旅行に行ったのですが、
日本人と韓国人とで歴史認識の違いに、
モヤモヤした気持ちを経験しました。

どんなにこちらが気持ちを尽くしたとしても、
埋まらない深い溝を感じ、
旅行から帰ってしばらくすると、
大学の授業にまったく出られなくなってしまいました。
クラブ活動には参加できるのですが、
授業に出ようとすると、全身が拒否する感じがしました。

今であれば、カウンセラーに相談することもできたのでしょうが、
私の時代には、そういう選択肢もありませんでした。

ネパールに留学する

突破口は意外なところから現れました。
きっかけは、母がネパールに旅行したことです。

それまで母は海外旅行に行ったことがなかったのですが、
お世話になっているお寺の檀家さんたちが
毎年仏教にまつわる国にツアーで遊びに行っていて
母が断り切れず、ツアーに参加したのがネパールだったのです。

母がネパール旅行から帰ってくると、
下宿先の私の元に電話をかけてきました。
旅行中、母の枕元に現れたヒンズー教の神様である、
シヴァとパールヴァティが現れたそうです。

そして、「息子をネパールによこしなさい」と
母にお告げをしたのです。
その言葉を電話口で聴いていたときに、
頭の中で「それ!それがしたかった」という気持ちになりました。

それがきっかけで、私は独学で日本語教師の資格を取得し、
ネパールに渡りました。

ビザの関係で現地の大学でネパール語を学びながら、
日本語教師としてボランティアとして都合5年間ネパールに留学しました。

帰国後、僧侶になる

帰国後、ネパール語を活かせる仕事はなかったのですが、
少しずつインターネットが広まってきて、
会社や大学とかが自分のホームページを作る機運があり、
少しは心得があったコンピューターの知識を活かし、
ホームページを作る仕事をしたり、
ECサイトの運営などをおこないました。

しかし、心のどこかにポッカリ穴が開いたような気分がしてきて、
コーチングを勉強したり、
おばあちゃんの時からご縁があったお寺で得度し、
僧侶として修行もしました。

そのお寺はご祈祷をメインにするお寺でした。
僧侶としての修行を重ねていくのですが、
声を発するとき息がもれやすいという問題があり、
祈祷向きの声ではありませんでした。
なので、いつまでたっても半人前の僧侶だという
劣等感をぬぐえませんでした。

また、仏教を学びを深めるうちに、
自分が僧侶になろうと思い学んだお釈迦様の教えと
現代の葬式仏教の在り方との乖離に違和感を覚え,
その乖離が無視できないほどになりました。

ある日、お寺で作業をしていると、
そこに祀られている仏様から、
「もうここでの修行は修了しました。
 このお寺を離れていいですよ。」
と満面の笑みをたたえるがごとくおっしゃって、
聞き間違いかと思って何度たずねてみても
同じ事をおっしゃるので、
そのお寺を離れることにしました。

お寺を離れたあとは、
また一般の仕事に戻って、
コンピューター関連の仕事につきました。

つづく
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