キネシオロジーとの出会い
いまから10年ほどまえに、
ロサンゼルスでHSKキネシオロジーを勉強しました。
キネシオロジーについては、また詳しく説明しますが、
Oリングテストの元となったもので、
相談者の筋肉の動きをテストすることで、
相談者自身の身体の情報を取得し、
相談者の体を調整することで、心身を統合するものです。
私たちは、自分の意志で筋肉を動かしていると思っていますが、
実際は、潜在意識の影響が大変大きいのです。
どんなに頭でやろうと考えても、やる気がおきないとか、
どんなに我慢しようと頑張っても、人前でうまく話せないというのも、
潜在意識の影響によるものの一例です。
このような状況は、顕在意識と潜在意識のズレが発生しているためです。
この事を応用すれば、キネシオロジーを使う事によって、
相談者の潜在意識にアクセスすることができます。
潜在意識にアクセスする方法は他にもありますが、
多くの場合、人によってうまくいったりいかなかったりするか、
相談を聴く側の思い込みによって結果がぶれるという欠点があります。
しかし、キネシオロジーは手順さえ間違えなければ、
確実に相談者の潜在意識にアクセスすることができます。
相談を聞く側が得た直感に対して、相談者にダブルチェックできるのです。
自分の頭では、もう終わったことだと思っていても、
キネシオロジーでチェックしてみると、
まだ潜在意識にはストレスが残っていることもあります。
そのような隠れたストレスを見つけ調整することで、
調整前に比べて変化を感じやすいというのも大変魅力的でした。
日本にもどってきて、キネシオロジーの練習を毎日のようにし、
相談者の突然のぎっくり腰をものの10分かからずに痛まないようにしたり、
キネシオロジー仲間の悩みを解決してきました。
また、自分の心や体の調子が悪くなったら、
まずはキネシオロジーで調整するということで、
何度もピンチから脱することができました。
うわ、キネシオロジーってすごい、と心から思いました。
いまでも、もし、キネシオロジーと出会えていなかったら、
自分の人生はどうなっていたのだろうと思うと、
背筋が凍る思いです。
ジレンマ
ただ、キネシオロジーを広めようとすると、
話は一気に難しくなります。
キネシオロジーの調整によって
身体や心がいかに変容するか体感した人には
いかに役立つかわかるのです。
しかし、経験したことのない人にとっては、
「キネシオロジー?何それ?」
となるのがオチです。
キネシオロジーを受けたいというニーズがないのに、
キネシオロジーを提供していると言っても
興味をもってもらえるはずがありません。
それに、コロナ騒ぎで、
通常対面で行うキネシオロジーが
まったくできなくなりました。
ネパール人の子供に日本語を教える
幸い、コロナ騒ぎが少し落ち着き、
マスクをすれば出歩けるという頃から、
多文化共生サポーターという仕事をはじめました。
多文化共生サポーターというのも、
聞き慣れない名前だと思いますが、
海外ルーツのお子さんが一日でも日本の学校生活になれてもらう目的で、
通訳をしたり日本語を教えるという仕事です。
最近、急にインド料理屋があちらこちらにできていると思いますが、
彼らの多くはインド人ではなくネパール人であることが多いです。
そこで働いているコックさんがある程度収入が安定してくると、
自分の奥さんや子供を日本に呼び寄せることが多いのです。
ここで問題になるのは、子供達です。
それまでネパールで教育をうけていたのに、
急に日本にやってきて、まったく日本語がわからないのに、
クラスの中にポツンと座っているというネパール人の子供が急増しました。
そういう子供達のいる学校に行って、
日本語を教えるという仕事です。
ここで、30年前のネパール留学が思わぬ形で役立ちました。
日常生活に困らない程度にはネパール語を理解し、
かつ、日本語教師の資格をもっていて、
日本語を教えることも好きでした。
ネパール語が流ちょうに話せて、
かつ日本語教育に精通している日本人はほとんどいないので、
すこしずつあちらの学校こちらの学校と呼ばれるようになりました。
救急車で運ばれる
年齢が50代になってはじめた仕事で、
楽しい仕事ですが、兵庫県の予算の関係で、
もっと教えてあげたくてもできなくて、
思いどおりに行かないストレスも多く、
だんだん体をむしばんできました。
そして、二年前に救急車で運ばれました。
肝硬変による食道の動脈瘤が破裂して、
緊急手術しなくてはいけなくなったのです。
幸い一命はとりとめたものの、
基本的には肝臓がもどることはない状態になっています。
それから、ずっとお薬を飲みながら、
なんとかやり過ごしてきました。
しかし、突然体調不良でフラフラになったりすることもあり、
いつ死んでもおかしくないとお医者さんから言われました。
肝硬変で入院中、
ベッドの中でこれまでの人生を振り返りました。
もう残された人生がどれだけあるかわからないけれど、
人生に絶望している人のお話をお聞きしたり、セラピーを行ったりして、
希望の星を見出して、また歩き出してほしいと思いました。
チャネリング能力の開花
キネシオロジーのセッションをやる中で、
幼い頃に感じていた能力が少しずつ開花し、
高次の存在からのメッセージを
受け取ることができるようになりました。
そして、その受け取ったメッセージを、
相談者にお伝えすると、
本当にその通りだといわれることも増え、
その能力を、必要な言葉をお伝えするのに使うようになりました。
しかし、メッセージを受け取れるときもあれば、
うまく受け取れないこともあって、不安定でした。
ある日チャネラーの友人に誘われ、
アメリカの聖なる山シャスタ山を訪れました。
シャスタ山に訪れたのは、肝硬変という病気に
スピリチュアルの面から照らすことで、
何か突破口が見つかるかもしれない。と思ったからです。
レムリア時代の記憶
シャスタ山に行って、チャネラーの指導の下、
精霊やスピリットにつながるという訓練を日々くり返しました。
そこで私は驚くべき感覚を体験しました。
まるで、遠い前世でこの地に存在していたかのような
感覚がよみがえったのです。
シャスタ山は、カリフォルニア州とオレゴン州の間にあり、
レムリア大陸という幻の大陸に住んでいたレムリア人が
滅亡する前に地底に逃げ込んだといわれる場所です。
ですから、山の近辺には、
レムリア時代の記憶がのこっていて、
そことアクセスすることで、
いままで頭で考えてもわからなかったことが
すっと体で理解出来るようになりました。
肝硬変の真の原因
シャスタ山の神々から教えられたこと。
それは、私が抱えていた肝硬変という病気の原因が、
幼少期の「自分は愛されていない」
という間違った信念からきているということでした。
たしかに、私は、自己否定が非常に強く、
そのため、必要以上にがんばらないと、
認められないのでは、という思い込みにとらわれていました。
幼い時は、自分の両親から言葉が、
自分の世界を決めます。
しかし、今のような忙しい現代では、
理想のお父さんお母さんではいられないのも無理もないことです。
どんな家庭環境であったとしても、
自分自身を愛せるようになれば、
自分をとりまく環境がやさしい世界に変わってきます。
人生、紆余曲折
ここまで、私の人生をかいつまんでお話いたしました。
本当に人生山あり谷ありとは、このことだなと
書きながら改めて思いました。
もちろん、ここに書いていないことも
いっぱいあるのですが、
次回は、どういう思いで
ココナラに出品しているかを
書きたいと思います。