Xとドライブに出かけた時の話である。
コンビニによって、
飲み物などを買う時があるのだが、
Xはいつも車中で待っている。
入店できないこともないのは、
靴を買ったときに証明済みなのだが、
入店できたからと言って、
ダメージを喰らわないわけではない。
なので、基本的に私が注文を聞いて買ってくる。
この日もそうして買ってきて車に戻ると、
Xが、
「Zさんだけ、やっぱり周りの人と違うね」
どう違うのか尋ねると、
生命力がある感じだという。
「他の人は、『影』みたい。
こっちを向いていても、顔がわからない感じがする。
だけど、Zさんは、背中を向けていても違うってわかる」
ただ、コンビニで買物をしただけなのだが・・・。
しかし、言われてみれば、
最近は、強いモチベーションで生きていて、
常にどうするかという目的意識を忘れることが少ない。
そのあたりが、立ち姿や歩き姿にも現れているのだろうか。
そういえば、私が師と仰ぐH先生も、
常にエネルギッシュで、生命力溢れる印象だった。
Xのことで、救えないツラさや、
なかなか仕事が決まらない時期の厳しさに、
元気でいられない時期も長かった私ではある。
しかし、骨折以後、
なぜか元気である。
もちろん、まだ右腕は、
完全ではない。
引き上げる動作はそれほど問題なく、重いものは持てている。
しかし、押し込む動作はまだかなり厳しい。
包丁で細いごぼうは切れても、厚いキャベツは切るときにまだ肘が痛む。
それでも、気持ちは落ち着いている。
Xの個人誌販売が始まり、
社会に進出し始めたことが、
ツインフレームの役割の終わりを表していると感じられ、
安心できていることがあるのかもしれない。
そのうえで、今度は自分自身の将来を考え始められているのも、
元気を維持できている安心材料の一つかもしれない。
私のスマホはAndroid端末なのだが、
◯年前の今日みたいな感じで、
過去の写真をピックアップしてくることがある。
6年前に筑波山に登山したときの写真が出てきた。
そこに写っている自分の顔を見たとき、
たしかに、自分でも、
「あれ? 今のほうがいい感じかも」
と、思えたのだ。
別にその時の顔も、普通だし、
特別悪かったわけではない。
なのに、今のほうがより良いと感じたのだ。
その話をXにしたら、喜んでくれた。
そして、Xのおかげだ、
自分らしさに還れたと告げると、
少し涙ぐんで、
「そっか。なにかしてあげられてたことがあったんだ。
もらってばかりで何も返せてないわけじゃなかったんだ」
と言っていた。
たしかに私の両親は弱く残念な人で、
そこで育ったことで、私も残念な人になりかけていた。
しかし、Xと出会い、運命から逃げないことができるようになった。
ツインレイ女性をサポートするツインフレームにもメリットは有る。
よりビビッドに人生を捉え、
本当の自分に還るきっかけをもらえるのかもしれない。
私は、Xを送り出したあと、
人の役に立つことがしたい。
そのために、ツインフレーム体験から得たものを最大限活用し、
Xのように悩める人に、
なんらかの価値を提供したいと思うようになってきた。
西洋占星術は長らく学んできた。
それもすべて、Xに「選ばれし者の自覚」と、
「導かれし運命への信頼」を持ってもらうため。
Xのエンパスがひどくなる前、
まだ少々のベンゾジアゼピンを服用しつつ、
減薬中だったころの話に飛ぶ。
とある有名な占星術の先生のもとに、
Xは鑑定を受けに行った。
その先生は、可愛らしい声と、軽い口調で
「(この配置を持つ人は)選ばれちゃった系なんですよぅ」と、
Xに言った。
当然、同じ日で、誕生時間も近い可能性があるYもまた、
「選ばれちゃった系」なのだろう。
星というのは、やはり何かあるのかもしれない。
50番の手記で終わるつもりではあるが、
残りの手記は、YのヒントになるXの星回りも含め、
占星術の話も交えてできたら、と思う。
もう少しお付き合いいただけたら、幸甚である。