批判される怖さ

批判される怖さ

記事
コラム
私は書くことが好きだ。
……いや、「好き だった」。

ブログを毎日のように書いていたあの頃。
私の指を止めたのは、コメント欄に投げつけられた一言だった。

「調子に乗っている」
「あなたは傲慢だ」

私の書いた事の、どの表現がそう感じさせたのか、全くわからなかった。
ただ、怖くて、悲しくて、苛立たしくて、不可解だった。

私は丁寧に謝罪した。
「いい人」の仮面を被って謝った。
けれど、腹の底では怒っていた。そして、どうしようもなく傷ついていた。

日常でもその傷を埋めたくて、「他人の一言で傷つくあなたは優しい人」なんてタイトルの本を買って読んだりもした。

その後、相手からは「誤解があった」と逆に謝罪の言葉が届いた。
けれど、私は癒されなかった。
私はその人を憎み、嫌い、そして書くことから遠ざかっていった。

あれほど内側から溢れ出ていた言葉は、シュンとしぼんで消えてしまった。

もともとの性格もあるが、私は昔から「グループ」で繋がることが苦手だ。
腹を割って話せる誰かと、個人的に深く繋がっていることに、安心を感じる。

フェイスブックの友達申請や、LINEのグループ招待には、今でも恐怖を感じてしまう。
だから、このブログにコメント欄がないことは、私にとって救いでもある。

そうなのだ、私は怖がりなのだ。
他人からの批判が怖いのだ。

私を嫌うのは自由だ。
けれど、お願いだから放っておいてほしい。
嫌いでもいい。構わない。無視して通り過ぎてほしい。

私はただ、静かに、自分よがりの言葉を書いていたい。

そして、そんな私のこのブログに「いいね」をつけてくださる、そこのあなた。
あなたのその静かな肯定に、私は救われている。実はひっそりと喜んでいる。

いつも、本当にありがとうございます。
心から、感謝しています。

…最近、勢いに任せて書いています。
誰のためでもなく、ただ「私」を取り戻していくみたいに。

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