丸山晃佑としての人生。

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学び
お寺の子として生まれ、大人と関わる事が多くありました。
子供らしくいるよりも、良い子でいる事で褒められるのだと、子供ながらに感じていました。
だから、良い子で居ようと、我慢したり抑えたり、言葉を想いを飲み込んだりするようになりました。
小さな頃は、凄く泣き虫で短気で、感情を露わにしたり物に当たる様な子供でした。
でも、いつしかそれらを全て飲み込み、泣くことすら出来なくなっていました。

小学校では友達だと思っていた子から裏切られ、中学では同じ班の子達から無視ゲームだと無視をされて不登校になりました。
全てを飲み込み吐き出せなかった僕は、親に理由を話す事ができず、何故学校に行かないのかと叩き起こされ無理やり学校に行かされそうになり、いつもトイレに逃げ込んでいました。
部屋には鍵がなく、なんとかドアを開かなくしようと模索した事もありました。

ある時から、そんな攻防が一切無くなりました。
母親がスクールカウンセラーの先生のもとに通う様になり、そこでそっとしておく事を学んだのだそうです。
自由になり、色々と落ち着いた頃から、自分自身の事を考えられるようになりました。
ですが、それがまた辛く苦しい時間でもありました。
その頃は昼夜逆転の生活となっており、明るいうちはまだ良いのですが、夜になると寝る事のできない闇の中での葛藤が始まるのです。

明日の事、未来の事、今の事、過去の事。

全てを考える事が辛く、苦しく、胸の中の奥の方に、もやもやぐちゃぐちゃとしたドス黒い塊があり、それが苦しくて仕方が無いのです。
何度胸を掻きむしってそれを出して綺麗にしたいと思ったことか。
そんな生活が続いていきました。

どのタイミングかはよく覚えていないのですが、一冊のノートを書き、母親に読んでおいてと渡しました。
内容は、「裏切られた事、いじめられていた事、自分のセクシャリティ、苦しい辛いという事」。
しばらくして、母親から買い物に行かないかと誘われました。
すぐに行けたかは覚えていませんが、買い物には行く事が出来ました。
その後は、映画や外食、旅行と様々な所に連れ出してくれました。
そんな日々があったお陰で、自分の好きな事をやっていく、今につながる道の第一歩に立つことができました。
今、そしてこれからやっていきたい事は、「生きる」を伝えるという事。
死にたいと思う所まではいかなかったけれど、胸を掻きむしって爪を立てた事が毎日の様にありました。
でも、今、生きています。

生きているから、これから先に希望を持てる様になりました。
生きているから、やりたい事が出来るようになりました。
生きているから、伝えたいと思うようになりました。

ニュースを見る事が好きではありません。
それは、死についての、特に自殺についてのニュースを見たく無いから。
本当に、当時は夢も希望も光も何もありませんでした。
でも、僕が今でも唯一心から誇れるのが、今、生きているという事。自殺を選ばなかった事。
たとえ今が辛くても、苦しくても、生きてさえいれば何とかなるんです。
助けてと言えば助けてくれる人が居るし、逃げ場所だってちゃんと用意されているんです。

だから、生きて欲しい。

もちろん、僕には想像もつかない様な苦しみの中にいる方もいるかと思います。
でも、そこで死を選んだとしても、自分が絶対に救われる事は無いんです。
でも、生きてさえいれば、夢も希望も光も出てくるんです。

この僕の人生で得た全てのもの、ことを伝えていく事。
それが、今の僕のやりたい事です。
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