先週は、かなり難しい案件が多く、夏の疲れもドッと出たりで、
できるだけ自分に負荷をかけないよう、
アレもコレもと動かないようにしてました。
自分でも稼いだことのない金額、
向き合ったことのない難問も、
数字を小さくしていけば、起きていることにそれほど違いはないはず、
と言い聞かせて、
暦や風水、方位その他、目に見えない世界とずーっと会話を続けていた日々。
目の前のトラブルはエベレスト級だし、飲み込まれたら溺れ死ぬなという大波に見えるけれど、『今の現実はすべて過去の産物』。
巨大なスクリーンに映った幻想にすぎない。
過去とはそういうものだけれど、さすがにそう思い切れなかったりもする。
でも!
目の前の事実と、これからの未来を繋げないようにする、と決める。
大切なのは、
『問題を問題視して、より大きく問題化しないこと』
すでに起きてしまった『問題』をなかったことにはできないけれど、
その『問題』と、今感じている『苦しみ』をごっちゃにせず、とりあえず分けてみる。
その上で、未来をどうするかだけは、
この私にも選べることだよと、言い聞かせる。ふぅ。
《借金》《理不尽なリストラ》など、自分の外側で起きたことは、事実だから泣こうが喚こうが変えられない(ように見える)。
けれども私の内側で、その事実を『苦しみ』として受け取り、悲嘆に暮れ、
自分責めしたり、人を恨み続けることを選択するのか、
あるいはその『事実』は事実として、苦しみは一旦、横に置いて、
何度も深呼吸してから、自分の内側に問いかけてみることはできる。
《これからどんな世界を望む?
どんな世界を創造する?》
冷静に、まず私の心の《コップの中の嵐》が静まるのを待つ。
その姿勢だけで、すぐに泥水の中の重たい部分が沈み始める。
コップの底には、熟したワインの澱(おり)のようなものが現れ、
水はどんどん透明になっていく。
そして《今ここ》に帰ってくる。
未来をつくるのは《今ここ》だけ。
苦しむことを選択しているのは、「私」だということに気づいてみよう。
そしてもし、重大な事件が起きなかったとしたら、どうしたかった?
どんな風に笑って過ごしていた?
それを今、未来としてつくってみよう。
つづく。