『今、目の前にある現実が、あなたの叶えたかった事のすべてです』
鑑定士になるため、東洋学を本格的に学び始めた頃、
師匠でありメンターにこう言われて愕然としました。
「そんなバカな!」と…。
『「叶わないと信じてる」事が、現実として叶っているだけですよ』
「えっ、ちょっと何言ってるんですか?
禅問答ですか?
意味分からないんですけど。
私、ただ幸せになりたいだけなんです。
しかも真剣にそう思ってますが、もしかして、バカにされてますか?」
師匠なので、こんな口答えはしてませんが、心の中では「もっと分かりやすい答えを教えてよぉっ」と、思いっきり舌打ちしてました。
申し訳ありません。
でも徐々に分かってきたんです。
しかも、じわじわと。
《罪悪感》やら、《自己否定》やら、
誰に言い訳したいのか分からないけれど、
外の正しそうな基準に対して、
自分はがんばってます的な無駄な努力をしているということ。
自分が怖くて動けない言い訳として、
そういうフリをしているだけだということ。
つまり、私は本気で自分を幸せにしようとしてないってことに気づいた時…。
この居心地の悪い感覚の中に、
何とも頼りない、ちっぽけな「わたし」がいました。
それはずっと私が見ないフリをして、見捨ててきた、『わたし』。
みすぼらしく、みじめで、
悔しい顔だったり、哀れだったり、
けれども凄まじいエネルギーで泣き叫んでいた『わたし』と
初めて向き合った時、あんまり驚きはしなかった。
そうか、置き去りにしてきたのは、この子か…。
ぜんぜん感動的でもないし、怖くもなかった。
しょーがねーな、って感じ。
だって、これがわたしだもん。
これから私は、この子と向き合って、この子と幸せになっていくのかぁ、
やれやれって苦笑した気がします。
それから約10年近く、つかず離れず、いつも一緒で、
泣いたり笑ったり、色々あって、
急に大人になったり、キレイになったり、またブスになったり、
太ったり痩せたり、病気になったり……。
今もまだまだあるけれど、二人三脚の毎日は、
ポンコツ同士のスットコドッコイ旅で、爆笑と大泣き、
半笑いの連続で飽きません。
そんな『わたし』と一緒に過ごしてきて、分かったとても大切なことは、
⭕️私が「わたし」と一緒にいて、笑いながら自分に丸をつけているのも、
❌「わたし」から逃げて、無駄な努力を必死になってするのも、
流れているエネルギーは、
未来と過去、希望と絶望、成功と失敗というように真逆だけれど、
その根っこにあるのは、
この世でただ一人の私が、「わたし」を絶対的に愛しているということ。
一緒に幸せになろうとしているのか、
それ以上傷つかないように、やめとけやめとけと泣き叫んで止めようとしているのか、その違いだけで、
私は、このどうしようもない「わたし」を、生まれた時からずっと、
愛し続け大切にしてきたということでした。
つまり全部、「愛」じゃん!
(何それ?)
もうすぐ6月21日、夏至になり、その後、新月をはさんで幸運日が続きます。
今、苦しんでいたり、孤独だとしても、一人ではないということを思い出す特別な期間を過ごしていただけたら、
また鑑定士としてお役に立てたらと願っています。
「わたし」と一緒に、笑いながら生きよう!