はじめに
私は2022年2月末に60歳でIT企業を定年退職し、あえて雇用延長は選ばずに派遣会社などで期間限定の仕事に就いています。
年2~3か所で審査業務やコールセンター業務に従事し、毎年1か月~2か月ほどの休暇 (無職期間)を取り、その間はプチFire的な生活やスキルアップへの取り組み、趣味やレジャーを楽しんでいます。
ただ定年前と比べて収入は激減したため、まずは65歳からの年金受給までを目標にけっして多くはない退職金を取り崩しながら生活しています。
65歳までにかかる支出や収入、家計を維持するために必要な貯蓄や退職金の取崩し額を試算し、足りない分は支出削減や収入アップ、最近では新NISAによる中期的な資産アップにも取り組んでいます。
雇用延長を選べば、貯蓄や退職金の取り崩しはあるものの収入が安定し、新しい仕事を探したり覚えたりする苦労や収入への不安は少なかったと思いますが、いまのライフスタイルでは自由に長めの休暇が取れる、期間限定の仕事をおえた時の達成感や新しい仕事に就くときのワクワク感など、雇用延長では味わえない経験をしています。
収入や支出、貯蓄などを無料の会計ソフトで管理し、起業している気分にもなっています。
いまは60歳の定年退職後も、同じ会社で雇用延長や再雇用(正社員ではなく一年更新の契約社員や嘱託社員という雇用形態も多いと聞きます)で働く人が圧倒的に多いと思います。実際、私の友人もほとんどが自然な流れでそうなっていて、特に他の選択肢は考えなかったと言っています。
しかし同じ会社で雇用延長や再雇用で働くこと以外にも、たとえば転職やフリーランスとして独立する、Fire的に自由を満喫する、フルタイムではなくアルバイトをしながら趣味やボランティア活動を楽しむ、などさまざまなライフスタイルがあると思います。
このブログでは、私がいまのライフスタイルに至った経緯や苦労したこと、良かったことなどを何回かに分けてお伝えしたいと思います。
今回は雇用延長を選ばなかった経緯についてです。
(雇用延長を選ばなかった経緯)
私が大学卒業後に新卒で入った会社では、50歳になるとセカンドライフ研修というものがありました。その研修では、定年退職後のセカンドライフでの収入や支出の試算、公的年金の概要、公的年金では足りない不足額の試算、確定拠出年金の活用などの内容で、最終的にはキャッシュフロー表にまとめるという大変参考になる研修でした。ただその頃は定年退職まで10年あり、あまり実感が湧きませんでした。
たしか52歳の時だったと思いますが、人事部との面接があり、その際に他社への転職もしくは出向の打診がありました。人事部の説明では、定年退職後も見据えてのキャリアプランとして社員全員に話をしているとのことでしたが、本当に必要な人材にこのような話をするとは思えず、私自身少なからずショックを受けました。長い平成不況では大企業でも大規模なリストラが行われており、その一環かとも勘ぐりました。
人事部との二回目の面接で、私は60歳の定年退職まで転職は考えていない、出向については会社の辞令であれば受けるしかない、定年退職までは長年の営業経験を活かして会社に貢献したいとはっきり伝えました。
私の強い意志が伝わったのか、人事部としては出向も含めて私の今後のキャリアを検討するという結論になりました。ただ、2013年の改正で希望者全員への65歳までの雇用確保が経過措置も含めて義務化されたという話があり、私の少し後のいわゆる「大量入社のバブル世代」が60歳の定年退職後も再雇用で抱える余裕が会社にはない、60歳の定年退職後は再雇用を選ばないで欲しいという人事部の本音が垣間見れました。
会社を去ることも会社への貢献だという訳のわからない話もありました。
この時、こんな会社で65歳まで働きたくないという気持ちが芽生えました。
その後、出向ではなく本社で長年の営業経験が活かせる仕事として新規部門に異動となりました。新規部門のため手探りで特に立ち上げ時の苦労はありましたが、定年退職まで充実した日々を過ごすことが出来ました。
その間、退職後の雇用延長も考えましたが、雇用延長ではまったく違う部門に異動しなければならない、必要としている部門側での採用試験に受からないといけない、受からずそのまま再雇用を希望した場合はどんな仕事を紹介されるかわからない、実際に大阪勤務の人が北海道にある関連会社のコールセンターで昼夜シフト制の仕事を紹介されたという噂もありました。そんな話もあり、再雇用への関心は私の中でどんどん薄れていきました。
次回は、いまのライフスタイルを選択するまでの経緯について詳しくお伝えしたいと思います。