このところ、フィフィさんと河合議員の話題で
ちょっとした騒動になっていますね。
私は両者の言い分をゴシップとして見ていますので
どちらを信じるということはないのですが
男女の恋愛でこのような”噛み合わなさ”って
よくあることだなと思いながら見ていました。
フィフィさんは「付き合っていた」と主張し
河合議員は「付き合っていない」と反論していて
通常の恋愛ではあり得ないところで噛み合っていませんよね。
しかも河合議員はフィフィさんからの「付き合ってほしい」という告白に
「付き合えません」ときっぱり断っているようで
こうなるとフィフィさんが嘘をついているのでは?と
疑われても仕方ありません。
この食い違いが起こる裏には相手への期待の心理があります。
「私は愛されない」という深層心理の無意識の信念は
自分を認めてくれた相手に対して
「この人なら私を受け入れてくれる」という期待を持つ反面
その人に見捨てられることを極端に恐れます。
いつ嫌われるか分からない状態は、誰だって不安なものですが
見捨てられ不安を持つ人にとっては、命の危機ほどの恐怖ですから
それを回避しようと、相手の行動や言動に希望を見出そうとするのです。
「これを言うってことは、私を好きだと思ってるんだ」
「彼はこういう性格だから、きっと素直になれないだけなんだ」
恐怖を和らげるために、相手の気持ちを相手に確認せずに
自分の中で想像の物語を作ってしまう。
これを”認知の歪み”といい、
自分の感情などを元に、現実を客観的に認識できなくなる
思考の癖を指します。
認知の歪みは日常的に誰にでも起こることなのですが
認知の歪みが強くなると、その分、極端な考えになり
その後の感情も大きく強くなってしまうのが特徴で
だからこそ、事実を見る力が必要なのですが
見捨てられ不安が強い場合、
事実を見ることが怖いために、事実を見れず暴走しやすくなるのです。
そして「相手に見捨てられた」と確実になった時
「どうして愛してくれないの!」「あなたも私を見捨てるの?!」と
怒りが噴出し恨みに変わっていきます。
愛されない悲しみと、絶望で
嘘を流布したり嫌がらせで、どうにかして相手を貶めようとしますが
全てが明らかになった時、本人が孤立することとなり
「やっぱり私は誰からも愛されない」と
愛されない自分を強化していくのです。
「私は愛されない」という自分に価値を感じられない信念は
愛されない状況を自ら作り
愛されない結末へ自ら導き
愛されない信念を更に強めていく生き方を作り上げます。
もしフィフィさんがこの信念を本当に持っているのだとしたら
カウンセリングでサポートを受けながら
時間をかけてその自分とじっくりと向き合い
この苦しい絶望ループを抜けることが必要です。
自分の中の愛に気づくことができれば
少しづつ人生は応えてくれますよ。
今回のお話で何かピンときた方は
ルミネスにご相談ください。