~⑤からのつづき~
いったい、いくつの検査をしたことでしょうか。
連日の採血のほか、エコー検査、CT・MRIなどの画像検査は頭から腹部までくまなく調べました。
あっという間に10日が経っていました。
入院した4人部屋のすぐまえが 電話室 なのがありがたく毎朝7時と夕食も済んだ19時半に自宅に電話をしていました。
中学校の友人たちのこと、部活のこと、運動会の出場種目のこと、家の手伝いのこと、お父さんのようす。
しーちゃんが話し終わると、こう君のお話し。
こう君がおしゃべりしすぎると、しーちゃんが「代わってぇ!」とせがんでくる。
(二人ともまだ幼いな、早くおうちに帰るからね。)
しかし、止まらない血液混じりの痰…。
出血源を調べるために耳鼻科受診、呼吸器外科受診なども並行しておこなっていました。
鼻咽喉ファイバー・胃カメラも、やはり異常なし。
そして気管支鏡検査をすることになりました。
安西先生「溺れる感覚といいますか、苦しい検査ですが頑張ってください。」
気管支鏡検査の必要性やリスク等の説明をおえて一枚の用紙を渡してきました。
【気管支鏡検査の説明・同意書】
わたし「わかりました。頑張ります。」
そう言って同意書に住所と名前を記入しようとしました。
あれ?住所…?番地…何番地だったかしら。
ダメだ、思い出せない。
その日を境に、どんどんと壊れていきました。
これまで出来ていたことが出来ない。
絶対に覚えていたことを思い出せない。
視界が歪む、まぶしい、本が読めない。
コインランドリーの利用届けに書く使用時間の計算が出来ない。
眠りに入ることが出来ず、朝まで一睡も出来ない。
自分が壊れていく不安・恐怖は今も上手に説明することができません。
そして、気管支鏡検査の日はやってきました。
「息を吸って、とめて、息を吐いて」などの呼吸の指示があるために、眠るほどの薬は使えません。
説明通りの溺れる感覚を味わいながらの気管支鏡検査がようやく終わりました。
安西先生「検査お疲れ様でした。せっかく苦しい思いをしてもらいましたが、よくわかりませんでした。出血はたしかにしていますが、特発性気管支出血と言って原因不明のたんなる出血です。気にしないでください。」
(え?たんなる出血?気にしないで?先生は何を言っているのだろう…。)
忙しそうに病室を出ていく安西先生の背中を見送りながら、聞いたばかりの言葉が頭の中でぐるぐると回っていました。
わたしの身体におこった異変は何なの?
それを調べるために痛みにも耐えて、苦しさも我慢してきたのに。
早く元気になって、元の生活に戻りたい。
そのために、子どもたちにも淋しい思いをさせて入院した。
なのに…。なのに、こんなのあんまりだ…。
そうだ、住所を忘れてしまったことを先生に言ってみよう。
病棟は就寝時間をむかえていました。
時々、遠くの病室からアラーム音が聞こえてきます。
昼間の喧騒にかき消されて聞こえないそれらの音は、消灯時間をすぎると耳に届くようになるのです。
その音は不安をかき立てると同時に、生命の強さを感じさせる不思議な音なのです。
そうだ、まだ希望をすてないようにしよう。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせながら、その晩も眠れずに朝を迎えたのです。
~⑦へつづく~